第3-1話 花の声
美夏に対し恭しく挨拶をするサリエ。
「……サリエ……貴女の主人は、
「ミカ様のおっしゃる「あいつ」がどなたか存じ上げませんが、わたくしはこの部屋と、このシステムの管理のために創り出された存在です」
美夏の問いに答えるサリエ、その答えに美夏はある事に気が付く。
「サリエ、貴女がこの霊子術式の管理を行なっているのですね?」
「はい、わたくしが管理を任されております。そもそも、そこにある筐体がわたくしの本体ですので。この体は管理用の人工霊体になります」
サリエの話が正しければ、目の前の彼女は仮初の姿という事になる。それでも彼女からは魂の気配を感じられる。
「でも貴女には魂が宿っていますよね?それも人工的に創られたものなのですか?」
「はい、この身体を動かすための人工の魂です。同じものがあの筐体にも宿っていて、情報を共有しているのです」
サリエは積層霊子法陣の後ろに置かれた10メートル四方程の巨大な黒い正方形の物体を指差してそう告げる。
その筐体の表面には時折、深紅と瑠璃の光が走っては消えている。数列や文字列は明滅しながら表面に浮かび、内部へと沈んでいく。
魂を用いた情報の共有。相性のいい魂同士で時たま起こる現象ではあるが、基本的に双子でも魂は異なっているたて、全く同じ魂というものは
それが目の前に、存在していると言う。
「……管轄を犯してまで……あいつは何のためにこんな事を……」
「その問いにはお答えできかねます。わたくしにはその知識は与えられていません」
澱みなく答えるサリエ。
美夏も居ない者の事を追求するよりも、まず目の前の事を解決するとにする。
「分かりました、その辺の事は直接本人に聞きます。それよりも大事なの事があります」
「はい、何でございましょう」
美夏は改まり、サリエを真っ直ぐに見据えて問う。
「その身体の素体、私を基にしてますね?」
「はいその通りです。主がミカ様の身体のデータを基に創っていただきました。ですので少々ミカ様の雰囲気が残っているかと思われます」
美夏は自身の胸元とサリエの胸元を交互に見比べる。
「……何であいつは胸を減らしたんでしょうね」
美夏の軽い怒気を含んだ言葉に、サリエは意に返さず答える。
「主曰く、「無駄なものは削除した」そう――」
「無駄!?」
「あと、煩いので静――」
「煩い!?」
若干食い気味に反応する美夏。
「……あいつ、後でぶっとば……ん゙ん゙……何でもありません。あいつが帰ってきたら少し話し合いが必要ですね」
「主が戻りましたら、ミカ様より話し合いの要望があった旨お伝え致します」
無表情なサリエはスルー力を発揮しながら、美夏の要望を伝える事を約束する。
主の心配はしないようだ。
「取り合えず、いない奴の話をしても仕方がないですので。サリエさん、あいつは今何処にいるかご存知ですか?」
「申し訳ありません、わたくしも存じ上げません。此処暫く、戻られておりません、主の業務はわたくしが代行しております」
「そう……因みに、
「……はい
美夏の問いに、サリエは一瞬躊躇うもウカの名を口にする事なく答える。
「そうですか。やはり戻られていませんか……あいつはウカ様を探しに行っているんでしょうね」
「その通りと思料されます……」
自身の主の行動に、少し寂しげな表情をするサリエ。
創られた人工の魂とは言え、肉体を持ち、思考する存在であれば、仕えるべき主人が居らず寂しくもあるのだろう。
そう感じ取った美夏は、ある種の共感を覚える。
「……サリエさん、お仕事の合間にお話をしませんか?私も話し相手が居なくて困っていた所なんです」
「わたくしで宜しければ。その役目、謹んでお受けいたします」
スッと綺麗なお辞儀をするサリエに、美夏は優しく語りかける。
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。私は貴女の主人ではありませんから。もっと気楽に話してください」
「承知致し……、分かりました。これからそう致します」
「まだ堅い気がしますけど、私も人の事を言えないのでお互い気を遣わずに行きましょう」
美夏はサリエの事を部下というより、年下の友人となりたいと考えていた。
それだけ美夏も人恋しいくなっていたのだろう。また、サリエもこの世界に誕生してから、殆ど会話をすることなく過ごしてきた、新しい刺激に飢えていたのである。
嬉しそうに話をする美夏、それを物珍しく聴き手に回って相槌をうつサリエ。
暫くの間、2人の会話(美夏の一歩的な)が続いた。
◇◇◇
「――それでですね、星斗さんが研究室で――」
美夏の惚気話が続いていた。場所を美夏の部屋に移し、お茶とお菓子を摘みながら話が続く。
本来、食事を必要としない身体であるが、美夏の人間としての習慣と記憶が食事や睡眠を求めるのである。
サリエも同様であるが、やはり新たな刺激を求めて美夏の真似をしてみる。お茶やお菓子は美夏が記憶を頼りに霊子で再現したものである。擬似的なものとはいえ、高度な霊子術の無駄使いである。
「ミカは本当に星斗さんがお好きですね」
既に美夏の事を呼び捨てにしている辺り、相当に話を聴かされ、馴染んだのだろう。些か甘味の過食気味を訴えるサリエ。
「ええ、勿論。幾らでも話せます!」
そんなサリエの訴えを露程も感じ取る事なく答える美夏。
「とは言え、流石に私の話ばかりしてしまいましたね。そうだ!今度はサリエの話を聞かせてください!」
「……わたくしの、話ですか……」
美夏の要望に戸惑いを覚えるサリエ。それも仕方のないことである、この世界に誕生してからの月日が圧倒的に少なく、自分の事を話そうにも、何を話して良いのか分からないのである。
「何でもいいですよ。あいつの話しでもいいですし、仕事の話も聞いてみたいですね、あとは霊子術の話とかもいいですね!サリエが経験してきたことを話してください!」
「……わたくしが、経験したこと……」
「そうです。何だったら生まれた時からの話を聴かせてください」
基本的に素体が同じということで、2人は気が合うのだろう。お互いの話をしても何処となく共感するのだ。
「では、わたくしがこの世界に意識を持った時からのお話を。わたくしの身体がまだできる前の魂の状態の時に――」
淡々と、それでいて何処か嬉しそうに話しをしていくサリエ。それをまた楽しそうに聴く美夏。
2人の話はまだまだ尽きない。
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