3
「今日もよろしくお願いしまーす」
二日目。敷島くんはちゃんと教室で待っていた。扉を開けたら誰もいない……という可能性ももちろん想像していたので、なるほどね、という気分だ。
敷島くんが机から教科書をごそごそと取り出して、とりあえずの補習授業を行っていく。英語の問題集を解きながら敷島くんが言った。
「昨日佐原が言ってたこと考えたんだ」
僕は相変わらず彼のつむじを見つめていた。今日はつつくのはやめておく。
「何のこと」
「あれよ、なんだっけ、ルールの話」
ああ、あれか。
「昨日夜ずっと考えて、なんとなくお前の言ってることがわかった」
ふうん。
「でも、オレはやっぱり納得できないよ」
そう言う。
「てか、みんなだってほんとはよくわかってないんだろ。だけどなんとなく知ったふりをしてるってことで、それってなんかすげえ――」
がらっと音がして、教室に誰か入ってきた。確かこのクラスの生徒だ。
「わっ敷島、お前なんでいるんだよ」
敷島くんを見て驚いた顔をする。不快感を隠していなかった。
「なんでって」
と敷島くんが言いかけると、男子生徒は僕を見て、
「えっ、てか佐原? なんで?」
疑問だらけの顔だ。
そんな生徒に僕にペン先を向けながら敷島くんは誇らしげに言う。
「オレ専門の先生なんだ。すげえだろ」
人のことをシャープペンシルで指してはいけません。
……その生徒はどうやら忘れ物を取りに来ただけらしく、すぐに撤収した。だけど僕の頭にはなんとなく、彼が敷島くんを見た時の顔が残っていた。僕が普段向けられる視線とはまったく違うものだ。
僕はあの日のことを思い出した。僕のことを迎えに来た先生が僕に向けた顔。
そのとき僕が期待していたのは、さっきのあの顔だった。
あの顔だったのに。
先生の顔は、それとは少し違っていた。どうしてなんだろう。
僕はあの顔で見て欲しかったはずだった。だけど目の前で敷島があの顔をされているのを見て、そうならなくてよかったと思った。
「敷島くんさ、」
「んー?」
呼びかけた僕に、敷島はつむじで答える。
「……なんでもない」
言って、結局つんとつむじをつついた。
「あっお前、またやったな!」
敷島くんは顔をあげて、ちょっと嬉しそうだ。
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