第7話

「よ。無事みたいだな」


 国魔連の精霊魔術師達のサポーターである結界術師達が張ったであろう結界を完全に破壊し、青嵐の竜巻すらも吹き飛ばしかねない一撃を見せた暁音。


 青嵐は空からゆっくりと下降していく。小さな段差から飛び降りる程度の衝撃で地に足をつけると笑いながら彼女を労った。


「あんた、やっぱりいたのね」

「まァー見つけたのは偶然だけどな。にしてもあの影を一撃で消し飛ばすとは恐れ入ったよ」


 肩を竦める青嵐に対し、暁音は何言ってんだこいつというしらを切るものに対して呆れ果てたような目を向ける。


「その気になればあんたにだって出来るでしょうが。台風並みの風を一瞬で巻き起こせるくせに」

「否定はしない。が、やっぱりお前の火力には及ばんさ」


 この言葉はあながち嘘ではない。青嵐は自分の実力を把握した上で、火力においては暁音の方が一歩先をいくと感じていた。


 少なくとも、青嵐には同じような現象を巻き起こすのに切り札を切る必要がある。暁音はただの生身でそれを成してしまう。


 これは才能の差というよりも属性の差。風は攻撃型である火には威力で敵わない。


 それが結城家という火の精霊魔術師の名家に生まれた暁音ほどの才と掛け合わせれば、手がつけられなくなる。青嵐だからこそまだ僅差で済んでいるが、他の術師であれば一生をかけても届くことはないだろう。


 一撃で屠られるどころか、彼女に触れようとした時点で血肉も精霊も魂も髄から消滅するに違いない。


「で、やったのか?」

「さっきまでの戦い、見てたんでしょ? なら分かるわよね?」

「……あの影の気配は感じないな」


 視線の圧に圧され、青嵐は風の精霊による探査を一瞬で済ませる。


 先程まであった影の痕跡は一切ない。暁音の一撃が建物ごと全て消し去ったのは疑う余地がなかった。


 ふふんと鼻を鳴らし、ない胸を張る暁音。青嵐が虚乳を一瞥し、鼻で笑った。


 彼女はとある理由で視線に敏感だった。町中でナンパしてきた男を追っ払い、その際に自身の身体的特徴の一部を侮辱してきたので半殺しにしたこともあるくらいだ。


 だからこそ青嵐が何を見ているのかもすぐに気付けた。


「おい待て何処見て笑った、あんたコラ」

「いや別に」

「そんなんで私が納得するはずないでしょうが」


 若干コメディーチックに喧嘩する二人だったが、それを止めに入る人影が一つ。


「お二人共、おやめ下さい! ……というか貴方はどちら様ですか? 正式な精霊魔術師ではないですよね?」


 暁音を庇うようにして青嵐の前に立ち塞がったのは外敵を威嚇する猫のような少年。


 某RPGゲームに出てくるモンスターのような水色の髪に空色の瞳を持つ中性的な容貌の持ち主だった。


 青嵐は彼から感じられる気配から水の精霊魔術師と断定する。


(結界を張ってたのはこいつだな……簡易的な結界だったから如何程の術師か見定め損ねたが、持ってるもんは悪くねぇ……が、まだ幼いな。器が出来てねぇから才能の全てを引き出しきれてない)

「な、なんですか! ぼ、僕の顔に何かついてるんですか! ……まさか僕のことを狙ってるんじゃあ……っ!」

(しかも阿呆だ。駄目だな、こいつ早死にしそう)

「……急に生温かい眼差しを向けてくるのやめてもらえますか?」


 青嵐の中で目の前の彼は才能はあるが、それを発揮する前に死ぬだろうという結論に至り、可哀想だと彼にしては珍しい憐憫の情が湧いた。


 尚も続く少年の可愛らしい威嚇は無視し、青嵐は彼の顔に指を差しながら暁音へと話しかける。


「で、これの名前は?」

「これ扱いやめてください」

「これの名前は顎雨あごう波瑠葵はるきよ」

「お姉様?」

「こいつはお前の弟子か、それとも飼い慣らしてんのか?」

「ペットよ」

「お姉様!?」


 尊敬する暁音から衝撃的な発言を聞き、思わず愕然する少年。


 本気でショックを受ける彼の様子に心を痛めることなく、暁音はさらりと訂正した。


「嘘。でも、弟子とかではないわよ。私はそんな柄じゃないもの」

「それはそうだな。お前の戦い方って決して人に教えられるようなもんでもないしな」


 青嵐からの指摘に言葉を詰まらせる。今度は暁音が渋面を作る番だった。


「単純突破の火力馬鹿。あんな闘い方ができるのは正直お前の火の精霊魔術師としての圧倒的な力と結城家の中でさえ随一の才能を持って生まれたお陰だと思うぜ?」

「否定はしないわよ……でも努力してないみたいに言われると少し傷つくわね」

「いや、そうは言ってない。お前の強さは間違いなく努力あってこそだ。努力しなければそこまで強くなれなかっただろうな」


 青嵐から褒められ、照れたように彼女は後ろ頭をかく。


 その後の言葉がなければ平穏に終わっていただろう。


「そもそも努力しなかったら結城家か町中でドカンだ。圧倒的な火力をコントロールする術がないんだから、ちょっとしたことで苛ついて起爆する人間爆弾だっただろうな……無差別テロに利用できそうだ」

「さっきので終わりでよくなかったかしら?」


 笑顔のまま表情を固まらせ、暁音は掌の上で劫火を躍らせる。


 青嵐は一瞬緊張の面持ちを浮かべたが、身構えるよりも先にそれに気付いて風の精霊へと指示を飛ばした。


 風の刃があらぬ方向へと浴びせられるが、手応えはない。その突然の奇行に暁音は落ち着きを取り戻し、空を睨む彼へと訊ねた。


「どうしたのよ? いきなり空に向かって攻撃するなんて頭でもおかしくなった?」

「いや、何でもねぇよ……多分俺の勘違いだ」


 青嵐はそう告げると空から視線を外す。が、やはり気になり再び一瞥する。


 空は気味が悪いほど青で澄んでいた。






















「気取られるとはね。流石は風神と契約した精霊魔術師だ」


 空を割り、影が嗤った。

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