第6話

 雨が降りそうな空を見上げ、憂鬱な気分をそのまま溜息の塊にして青嵐は吐き出した。空気の流れを操ることにより、雨を弾く不可視の傘を作れるがそうはしない。


 雨に濡れることを厭うよりも先ずすべきなのは今回の事件の解決だったからだ。


 精霊魔術師を倒す為だけに存在するような妖魔。ただ強いだけならば、自身に火の粉が降りかかるまで動こうとなど思わなかっただろう。


 しかし、今回は別。明らかに精霊魔術師全体を敵に回すような妖魔だ。このまま放っておくわけにはいかない。


 風神と契約した者としても、風鬼青嵐の名においても絶対に滅却しなければならない。


(とはいっても手がかりが皆無だな。出現ポイントもその法則性も正直確証はない。だが、影……もしかしたら────)


 青嵐は思考を切り上げ、わざと人気のない道へと向かう。あくまでも自然体かつ歩くペースも変えずに。


 そして、人の気配を感知できなくなったのを確認し、風の精霊を呼び寄せる。足元に生まれた気流がその身を空へと押し上げ、彼を一気に飛翔させた。


(手当たり次第探すのはナンセンスだ。影が潜めるのは影ある場所。おそらく、影が濃い場所ほど奴がいる可能性は高い)


 青嵐がその結論を導き出した根拠は影が出現した時間帯と場所だった。


 どちらも夜、それも最も暗い時間帯。場所も路地裏のような光があまり差し込まない場所。


 まだ参考にできるケースは少ないので根拠としては薄い。だが、もしかしたら未だに消息不明の精霊魔術師がいる可能性だってある。


(国魔連のトップ共が今回の件を把握しているのだとすれば、有り得ない話じゃない。むしろこれでハッキリする)


 今回の事件を国魔連の者達が知った上で無関係を装っているのかどうか。


 場合によっては彼らが率いる部隊とも接敵するかもしれない。それが意味するのは────


(灰燼の精霊魔術師と戦うのは二度と御免だが、もし俺の予想通りだったら十中八九ぶつけてくるだろうな……気は進まねぇが覚悟を決めるしかねぇか)


 結城暁音との敵対。彼が唯一認める精霊魔術師においての超越者。


 並の火の精霊魔術師の強さが都市一つを混乱させることが出来るのものだとすれば、暁音は国一つを一瞬で消し炭にできる。そのくらい地力に差があった。


 彼女の強さはそれだけではない。体術もずば抜けており、体内の気を練り上げて放たれる拳打は人体を打ち砕くことなど容易。更に火の精霊から借り受けた超密度の炎から生み出された刃は斬れぬものなし。


 真正面から戦うのは自殺行為。とある依頼で彼女と初めて戦うことになり、そのセオリーを知らずに戦闘行為へ及んだせいで青嵐は酷い目に遭った。


 回復力にも差がありすぎたせいで、半年掛けても火傷が治らなかった青嵐に対し、暁音の方は斬り飛ばされた腕を熱でくっつけて今では完全に治癒にまで至っている。


 全てにおいて彼女は桁違い。もしも途中で依頼者の虚言を見抜けず、最後までやり合っていれば勝敗の行方は鬼神とやり合った時以上に予想できなかっただろう。


(……見つけた。また精霊魔術師が襲われてんのか? いや、この気配……)


 青嵐の風の探知に引っかかるものがあった。結界によって認識を阻もうとしてくるが、彼の使役する風の精霊が作り出した風が認識阻害の術を薙ぎ払う。


 強大な熱。人の形をしているだけで、太陽にも匹敵するような熱量の物体。


 火の精霊魔術師の中で頂点に君臨する結城家の中でも規格外。


「まさか両方見つけちまうとはな……ッ!」


 結城暁音、そして影法師の姿を青嵐は捉えた。交戦中のようであり、文字通り激しく火花を散らしている。


 青嵐に襲いかかってきた時以上に鋭い攻撃を畳み掛けられ、暁音の方は攻勢に出られない姿が視えた。


(行くか……)


 余裕そうな顔で攻撃を悉く捌いてはいるが、そろそろ我慢の限界が来るだろう。


 結界を限定された区画の四方に張ることで人払いを済ませているとはいえ、あの程度の簡易的な結界で彼女の火力を受け切れるわけがない。


 いまいち術の発動にキレがないのも火力の調整に梃子摺っているからだろう。


 結界の真上で滞空し、青嵐は真下に手を翳す。瞬間、結界全体を覆うほどの埒外な竜巻が発生した。


 地面を深く掘削しながらもその位置から微動だにせず結界の周囲で渦を撒き続けるだけの風。周りのものを巻き込まないように逆回転の風で外側から相殺することで結界外への影響を限りなくゼロへと近づけていく。


 本来であれば周囲への被害が甚大なものになる天災を引き起こしているが、風の精霊による力で制御されたもの故に現実では有り得ない現象を具現化していた。


「これで思いっきりやれるだろ」


 口角を上げながら語りかける青嵐。聞こえるはずはなかったが、中で影と交戦中の暁音は結果外の異変に気づいて微笑んだように見える。


 次の瞬間、彼女の圧が増す。影を殴り飛ばすやいなや、全身から劫火が噴き出す。


 間をおかず、可視化出来るほどの熱波が一気に放たれた。


 人という小さな器の中で凝縮された圧倒的熱量。太陽にも匹敵するそれを極限まで圧縮し、一気に解き放つことによって生み出された超過熱。


 ミサイルや爆弾のそれとは一線を画する。


 爆発という工程をすっ飛ばし、消滅へと直結する威力。


 事実、結界が呆気なく消し飛び、青嵐が巻き起こした竜巻も内側から喰い破りかけた。


「……取り敢えずあいつが敵じゃなくて心底安心したぜ」


 じわり、と。青嵐の背中に冷や汗が滲み出す。


 暁音が立つ場所には何も残っていなかった。辺り一帯の住民達は避難させていたので事なきを得たが、それ以外の全てのものが跡形もなく消滅していた。

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