第5話

「で、どう思う?」


 青嵐は昨夜の出来事を包み隠さず、暁音へと伝える。今日は任務があって来られないという彼女だが、電話に出るだけの余裕はあるらしい。

 任務のことについて尋ねると詳細は教えてもらえなかったが、声のトーンが高いので恐らくもう終わったのだろう。まだ昼前である。

 殉職した彼女の前の担当の立つ瀬がないが、仕事の速さも組織一なので仕方ない。


『そうね……おそらくあんたの見立てで間違いないと思うわ。影の精霊魔術師、なんて聞いたことはないけど』

「……お前でもか?」

『私なら何でも知ってるって前提で話さないで頂戴。いくら顔が広いからといっても、限度はあるわよ』

「それもそうか」


 青嵐はすんなり納得する。落胆はない。真っ向からの強さで自身に匹敵し、様々な知り合いのお陰で手に入れられる情報量でも格段に上回る暁音からのお墨付きはむしろ彼を安心させるものだった。


『ただ……その精霊を穢す妖魔ってのが気になるわね。あんた、見たんでしょ?』

「ああ。さっきも説明した通り、マジもんの影だ。人の形をしてはいるが、人じゃねぇ。気配が妖魔のそれだからな」

『風の精霊を使役するあんたがそう言うんならそうなんでしょうね』


 地水火風。それが精霊魔術師が宿す基本属性。


 青嵐は風。その特性は探知や探査と言った敵を殺すよりも探す方に特化している。彼の風が及ぶ範囲にあるもの全て、彼の目が届いているようなものだ。


 その実力は暁音もよく知るところだ。


『精霊の力を使う妖魔……それも相手の精霊の使役権を死亡した対象から剥奪する、ねぇ……』


 青嵐が対峙した妖魔はまさしく精霊魔術師にとって天敵とも呼べる存在だった。今までは狩る側だった精霊魔術師が狩られる側へと回る。


 それは他の精霊魔術師が聞けば悪夢でしかないだろう。


 何より今まで悪しきものを殺すために使われてきた自身の武器を死後、悪しきものが善良なるものを殺すために使う。


 今まで妖魔を虫のように殺してきた報いなのか。これほどまで皮肉な話はないに違いない。


「お前も気を付けろよ。そいつは俺の風の刃を相殺する程度には強い」

『そうね、ご忠告痛み入るわ。でも大丈夫、私は油断なんてしないわよ』


 電話口から聞こえてくるゾッとするような笑い声。


 ずっとその火種を燻らせ、一気に火の手が回ったような怒りを彼女は爆発させた。


『出会った瞬間から本気で殺しに行くわ。あんたが梃子摺る程の手合いなら、多分見れば分かる筈よ』

「……いらん世話だったか」

『いいえ、素敵な忠告よ。ずっと雑魚退治で飽き飽きしてたから』


 声が弾んでいる。暁音が灰燼の精霊魔術師と呼ばれる所以は健在らしい。


「やっぱりいらん世話だったな。俺に向けられているものじゃないと分かっていても、背中が寒くなってきたぜ」


 青嵐の軽口に対し、暁音は鈴の音を鳴らすような笑い声で応える。先程まで感じられていた怒りが嘘のようだ。


『じゃあね。私はこれから上官への報告があるから』

「気を付けろ……くれぐれも油断はするなよ」

『誰に言ってんだか。ま、あんたの気遣いだから受け取っておいてあげるわ』


 あっさりとした別れの言葉と共に電話は切られる。青嵐は窓の外を眺め、空を睨む。


「……嵐が来そうだな」


 天気予報のニュースでは晴天だと天気予報士の理路整然とした理屈で説明されていた。


 実際は違った。


 今にも土砂降りの雨が降りそうな空模様。


 まるでこれから何かとんでもないことが巻き起こるのだと示唆しているかのようだった。


(にしてもどういうことだ? 国魔連は今回の事件を把握していないなんてことが有り得るのか? 精霊魔術師が絡んでいる事件だってのに……まさかな)


 青嵐の脳裏に恐ろしい考えが過ぎる。その可能性だけはあってはならない。


 国家を代表する組織、国家魔術連盟はこの事態を把握している上で放置しているのではないかと。

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