第3話

『昨夜未明、⚪︎⚪︎県××市にある路地裏にて男性の死体が発見されました。被害者の持ち物には身分を証明できるものがなく、警察の捜査は難航しているとのことだそうです』


 とある部屋のTVから流されるニュース。朝から憂鬱な気分にさせるような陰惨な事件がニュースキャスターとアナウンサー達によって語られていた。


 詳細は隠していたが、第一発見者を名乗り出た者の顔は血の気が引いており、余程酷い状態だったのは想像できる。


 風鬼青嵐はコーヒーカップに口をつけながら、目の前のテーブルに頬杖をつく。


「かなり臭うな……あの路地裏、妖魔の気配がプンプンしやがる」


 テレビ越しに現場が映し出された時、彼の霊視力が捉えたのは悍ましい邪気。


 テレビクルーが現場を訪れたのは昼間のはずだが、青嵐の目には光など一切見えなかった。夜と言われても足りないほどに光量が存在しない。


 喩えるなら一枚の風景画を幼い子供が黒のクレヨンで一生懸命塗り潰したようだった。邪気の濃度が濃ければ濃いほどより黒が明確に見えるようになることを考えれば、相当の邪気を纏う妖魔があの場所にいたのは間違いない。


(それに殺されたのは精霊魔術師だな。邪気とは別に、現場から精霊の痕跡を感じる)


 青嵐は一つのニュースから幾つもの情報を得、推測を立てていく。同業者が殺されたのだ。呑気にしている場合ではないだろう。


「まァー、俺に何か出来ることもねぇか」


 肩を竦め、嘆息を漏らす。再びテーブルの上に置いたコーヒーカップへと手を伸ばそうとした瞬間、


「誰だ?」


 玄関のチャイムが鳴った。現在の時刻は6時。朝日は昇っているが、来客に適した時間ではない。


 青嵐は椅子に腰を下ろしたまま玄関の方へ視線を向けていたが、扉一枚を隔てた先に立つ人物の正体を知ったことで警戒を解いた。


 青嵐からの威圧がなくなったことで入札の許可を得たと思ったのか、来客者は玄関の扉を開ける。そして、そのままリビングで寛ぐ彼の前に現れた。


「出迎えにも来ないなんて、随分と礼儀がなってないわね」


 部屋の中を覗き込むようにして確認し、青嵐の姿を捉えると呆れた顔で近寄っていく女。


 その両手にはスーパーの袋らしきものが提げられており、中身はいつものやつなのでいちいち説明するまでもなかった。


 結城ゆうき暁音あかね。真紅の長髪に黄金色の双眸を持つ佳人。


 自身の容貌に自信を持つ女性の知り合いは多いと自負する青嵐だが、その中でも彼女は突出していると断言できる。


 モデル顔負けのスタイルの良さ。細長いイメージを持たせるほどに細身ではあるが、不健康だと思わせない。同じ男としても危機感を覚える洗練された肉体美を極めている。


 何より、その美貌は唯一無二。未だ彼女を超える者を青嵐は知らない。


 唯一、足りていないとすればそれは女性の肉体的特徴────胸部装甲とも言い換えられるべき部位だろう。


 性癖によっては致命的とも言えるが。


「今、何か考えた?」

「いや別に」


 怖いくらい笑顔を深めた暁音からの圧力に青嵐はしれっと返答する。


 笑顔は相手を威嚇する意味を持つ。そんな言葉を彼は何故か思い出していた。


「で、あんたがやったの?」

「何が?」

「さっきのニュース」

「あぁ、お前も見てたのか?」


 暁音からの問いかけに答えず、逆に聞き返す青嵐。


 逆に質問を投げられたことで一瞬微妙な表情を浮かべていた。


「見てたわ。あの現場、相当強い妖魔の気配もあったわ」

「じゃあ、分かるだろ? 俺の仕業じゃないって」

「どうだか。屍体の損壊状態、どう考えたって風の精霊の力以外考えられないじゃない」

「……何でニュースでも取り上げられていない屍体の損壊状態なんて知ってるんだ? ……まさかまた例の知り合いとやらか?」


 今度は青嵐が呆れる番だった。本来知り得ない情報を当たり前のように知っている上、精霊魔術師であることを加味しなければ一応一般市民の自分に警察官のお偉方から入手した情報を喋ろうとしているのだから。


 こいつには絶対恥ずかしい秘密とか知られないようにしようとどうでもいい決意を固める青嵐を暁音はキッと睨み返した。


「別にいいでしょ。それで、あんたなの?」

「俺以外にも風神の加護を受けた精霊魔術師はいる……そもそも殺された奴と面識がねぇよ」

「そう、ならいいわ。もしあんただったら、今ここで殺してたわ」

「朝から物騒だな……」


 何となく扉越しに敵意を僅かに感じたのは勘違いではなかったと知り、誤解が解けて良かったと胸を撫で下ろす。


 暁音も精霊魔術師であり、彼女の操る劫火は同じ炎さえも焼き尽くす火力を持つ。術の最大出力では青嵐に勝ち目などないほどの術者。


 灰燼かいじんの精霊魔術師、それが結城暁音である。


「用は済んだわ。その肉、おすそわけよ」

「……また焼肉か?」

「私の手料理を食べられるだけありがたいと思いなさい」

「へいへい、有難く頂かせてもらうぜ」

「ん。素直でよろしい」


 満足したような顔で椅子から立ち上がり、玄関に向かって歩いていく暁音。青嵐も腰を上げ、見送りくらいはすることにした。


 玄関の扉を開け放ち、そのまま出て行こうとするが彼女は足を止める。彼は突然動きを止めた彼女を急かすように問いかけた。


「どうした? さっさと扉を閉めたいんだが……」

「最後に一つだけ聞かせて────本当に国魔連に属す気はないの?」


 国家魔術師連盟。通称、国魔連。世界各国の腕利きの魔術師達が集められた政府直属団体。主な任務は超巨大マフィア組織やテロ組織の壊滅、そして戦争への軍事介入。

 精霊魔術という本来なら悪しき妖魔に向けるべき力を銃や刃物のように同じ血の通った人間に向けることもある。


「ない」


 青嵐はいつもと同じように即答した。暁音は暫く彼を見つめた後、諦めたように肩を落とす。


「そっか……残念だわ」

「俺はこの力を自分の為にしか使わん。俺がやりたいことを叶えるために」

「やりたいことって何よ?」

「これから考える」


 何故にドヤ顔。シラーとした眼差しを向けられながらも青嵐の態度は変わらない。


 風のように捉えどころがなく、飄々とした佇まい。


「兎に角、お国のために殺すつもりもなければ殺されてやるつもりもないってことさ。どっかの陣営に肩入れしてると、いざって時に動きにくいってのもあるしな」


 青嵐の言葉を聞き、勧誘は無駄だと悟った暁音は心底残念そうにしながら玄関から出ていった。

 扉一枚。それが彼らの間に存在する壁のようにさて、二人の空間を遮るのだった。

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