第2話

「どうなってんだよ、クソがッ!」


 とある路地裏で叫び散らす男。足元にあったゴミ箱を蹴り上げ、美しい月光で照らされた地面に散乱させた。


 彼の名は大石おおいし大倭やまと────精霊魔術師である。但し、日本国家に在籍している正式なものではない。


 違法魔術師。国が定めた法に則れば魔術師としての力を振るうことを認められていない存在。それが今の彼の身分である。


「ね、ねぇ……少しは落ち着きなさいよ────」


 辺りに怒りを振り撒き、今にも魔術の力でもって周囲に向けての破壊行為へ及ぼしかけない男を見兼ねたのだろう。彼と行動を共にしていた少女が堪らず声をかけた。


 歳の差カップルのように見えるが、いかんせん歳の差が親と子程度に開いている。誰が見ても絶対にカップルにも夫婦に見えない関係性が垣間見えた。


 紬色の着物を纏う少女は必死に恐怖を押し殺しながら勇気を振り絞ったのだろうが、焦燥に駆られている男の目には今のこの状況を理解できていない能天気な馬鹿女に映ってしまったようだ。


「落ち着けだと? 無理に決まってんだろうがッ!!!!」


 声が圧となって飛び、少女はすっ転ぶ。悲鳴を上げながら尻餅をついたが男は手を差し伸べることもなく、頭を掻き毟った。


「クソッ、クソッ、クッソが……ッ! 何でこんなことになったんだよ!!!!」


 頭に強く爪を立てたせいで血が滲むが、それを気にする余裕はない。ホラー仕立ての惨状が演出されていたが、今の男には自身の命のことしか頭に残っていなかった。


 どうすれば生き残れるか。護衛対象であるそこの馬鹿女を差し出せば案外見逃してくれたりしないだろうか、と。


 依頼を放棄する算段まで立てるほどに男の精神は追い詰められていた。


「来やがった……!」


 カッ、と。わざと靴の裏を鳴らすように歩く足音が聞こえ、彼は勢いよく振り返る。男の視界にあったのは暗闇。


 今は時間帯にして深夜だ。本来ならぐっすりと眠っており、外を出歩くなどまずしない。


 彼と同じ精霊魔術師でもなければ、こんな路地裏なんかに用などないだろう。


「だ、誰だッ!」

「誰だ、って……そんなことに馬鹿正直に答えてくれる敵なんていないでしょうに」


 少女の突っ込みが入り、男は殺気立つ。血走った目で睨みつけられるも、少女の方に一切の怯えはない。


 それが余計に男の苛立ちを加速させた。


「黙ってろ!!!! ……クソ、てめぇ何者だ! 楽な依頼だと思ってたのに……お前みたいな化物が出てくるなんて聞いてねぇぞ!!!?」


 地団駄を踏む男は背中に突き刺さる馬鹿を見るような視線に気付き、物凄い形相で少女へと迫ろうとした。


 今の彼には精霊魔術師としての自尊心など微塵も存在しない。あるのは己の命だけを尊重しようとする、人間としての本能のみだ。


 それひとつだけが彼を突き動かしていた。少女の細い首へと伸ばされるゴツゴツとした男の掌。


 その掌が触れる直前、腕が宙を舞った。


「へ? …………あ、ぁあ、がァアアアアアァァァァアアアアーーーーッ!!!!」


 血飛沫を辺り構わず撒き散らし、自分の顔にもその血を浴びせられる。男は一瞬何が起きたのか理解ができなかったが、一気に襲いかかってきた激痛で全てを悟った。


 腕を切られた。切れ味のいい刀のような鋭い風が斬撃となって腕を切断したのだと。


(だ、駄目だ……こいつ、強すぎる……ッ! 攻撃が全く見切れなかった! 精霊魔術なのは間違いないが、俺の術の精度やキレとは格が違う……!)


 地面に膝をつき、赦しを乞うように首を垂れる姿勢となる男。足音が自分の前で止まり、頭を掴まれる。


 詰みだった。


「ま、待ってくれ……! そこの女は渡す! だ、だから俺の命を助け────」


 男の意識は命乞いの言葉を言い終えることなく、あまりにも呆気なく消し飛ぶ。


 彼のその瞳に最期映し出されたのは自分を冷めたような目で見下ろす少女の姿だった。

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