第五話 夢、見せてやんよ

 アンジェラには二つ年下の妹が居て、名前をガブリエラと言った。ガブリエラは生まれながらに病弱で、孤児院に来てからもずっとベッドで臥せっていた。


 アンジェラはガブリエラの代わりに、孤児院の仕事を他の人の倍の量を任されていた。しかしアンジェラは妹の為に、めげることもなく、一生懸命に孤児院の為に働いた。

 そんなある日、ガブリエラの容態が急変して、かかりつけの医者が言うには、特別な薬が必要だと言うのだ。その薬と言うのは、とても高価で、孤児院が工面出来る金額ではないのだと言う。

 アンジェラは院長先生に掛け合って、一生を賭けてお金を返すから貸してくれないかと直談判した。しかし院長先生は首を縦に振ることはなかった。

 幼いながらも思い悩んだアンジェラは、孤児院を飛び出して、年齢を偽り、働いてお金を貯める事を決意した。


 彼女はまだ十五歳の少女だ。身体を売れば犯罪になるし、病気を貰えば命だって危うい。それでも彼女は、妹の為に覚悟を決めたのだと言う。


「ばかやろう……クリスマスっったら子供はよう? サンタクロースに願い事をするんじゃねえのか!?」

「あんたバカなの!? サンタクロースなんて居るわけ無いじゃない!?」


「居るか居ねえかじゃねえ! もっと夢を見ろって言ってんだろうが!!」

「……夢を見て、薬が買えるならそうするわよ! でも、夢なんかじゃ、ご飯だって食べられないじゃない! そんなこと、あなたが一番よく知ってることなんじゃないの!?」


「……」


 マイケルはその言葉に何も言い返せなかった。何故なら彼は、自分の夢を諦めて、今はホームレスに成り果てているのだから。


 マイケルは苦虫を噛み潰したような顔をして、アンジェラの顔を見た。


 彼女の大きな瞳がマイケルの目に映る。


「おい……」

「何よ?」


「お前によお……」

「うん」


「夢、見せてやんよ……」

「……」


 ガバッ!っとマイケルはダンボールのフタを押し退けて立ち上がった。

 そして両手を大きく広げて言う。


「とびきり大っきな夢をよお!!」


 何故か得意げなマイケルを見たアンジェラは、プッっと吹き出して。


「……バカねっ!? 夢は寝てから見なさいよね!?」と言った。


 わはは、と二人で大笑いをした。


 公園の時計を見ると、針は零時を回っている。


「ここからは夢の時間だ!」


 と、二人はダンボールハウスを飛び出した。


 街はクリスマスだと言うだけあって賑やかだ。繁華街では多くの人が右往左往している。二人が向かったのは繁華街の中央にある広場だ。

 

 そこには一台の古いグランドピアノがあった。


 ストリートのピアニストが腕を振るう場所で、今もゴスペルの伴奏で使われていて、広場を賑わしている。


『Joy to the World』


『Silent Night 』


『Oh Happy Day』


 と歌われて、最後の曲は全員で合唱して、大きな拍手のうちに終わった。


 聖歌隊が去ったあと、辺りに静寂が戻り、往来の人は、それぞれの時間が動き出したかのように、その場から離れて行った。


 広場に二人の影だけが残る。


「……ねえ、みんな行っちゃったよ?」

「あ、ああ……」


 見ると、マイケルの手が震えている。


 ちらほら雪が舞っているくらいだから、寒いのは当たり前だ。


 マイケルは広場の中央にギターケースを置くと、徐ろにピアノの前まで足を進めた。


 椅子に腰を掛けて、ピアノのフタを開ける。


 しかし、マイケルは動かない。まるで凍りついたかのようだ。


 雪は、しんしんと降り続いていて、冷たい風が広場を吹き抜けた。












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