第四話 家出娘
アンジェラ……
アンジェラ……
「アンジェラ!? 大丈夫か!?」
「マイケル……?」
アンジェラは徐ろに目を覚まし、ふと我に返ると、慌てて周囲を見回した。
「マイケル! おじいさんは!?」
「アンジェラ、落ち着いて!?それより君は大丈夫なのか!?」
「私は……大丈夫、みたい?」
「そうか……、良かった!」
アンジェラの身体にはおじいさんにかけたはずのコートが着せられており、更に暖を取るためだろう、マイケルの毛布が彼女にかけられていた。
おじいさんはきっと救急車で運ばれたのだろうと、彼女は少し安心して、プルプルと震えているマイケルに気がついた。
「そんなことよりマイケル!? あなたの方が寒そうよ!?」
「俺は……良いんだ。その毛布はお前が使ってくれ。そんなことよりも……」
マイケルが悲壮な顔をしてアンジェラから視線を逸らした。
「どうしたの?」
「俺、慌てていて、何処かでお金を落としたみたいなんだ……すまない!! この通りだ!!」
マイケルは両手を地面につけて、頭を地面に打ち付けた。
「疑われても仕方がないのは解っている。身体中探してもらっても構わないし、身ぐるみ剥がされても仕方がないと覚悟している……」
「……」
アンジェラは、ハァとため息をついて、にこりと笑った。
「美味しい食事にありつけなくて残念!」
「すまない! 俺が──」
「──もう良いわよ。安心したら眠たくなっちゃった」
「……その毛布はくれてやる。ここじゃ寒いだろう? ダンボールは山ほどあるんだ。持ってきてやるからここで待ってろ」
「解ったわ。今度はすぐに戻って来てね?」
「ああ。五分で戻って来るからな? ここを動くなよ?」
「いいから行ってらっしゃい?」
「動くなよ!?」
マイケルはダンボールを探しにその場を離れた。
アンジェラは独り、ベンチで毛布に包まって、マイケルの帰りを待った。
公園はますます人通りが少なくなり、雪で景色が白んで来た。
マイケルは約束通り大量のダンボールを抱えて帰って来た。
彼はダンボールを広げて地面に敷き、アンジェラをそこに座らせて、周囲に風除けの壁を作った。
「どうだ? 温かいだろう?」
「うん、嘘みたいに温かいわ?」
「今フタをしてやるからそのままで居ろ?」
「マイケル!!」
フタをしようとしたマイケルを、アンジェラは片手を前に掲げてそれを制した。
「あ、あなたも……あなたも一緒に入った方が温かいわ?」
「いやしかし……」
「あら、いい歳したおじさんがこんな小娘に欲情したのかしら?」
「そ、そんなことは……ない……」
「なら良いじゃない。私なら大丈夫だから、ね?」
「……良い、のか?」
「嫌なら別にいいわよ……」
「嫌だなんて言ってない! 後で出て行けとか言うなよ!?」
アンジェラはニヤニヤしながらマイケルが照れるのを楽しんでいる。
マイケルはダンボールの壁を跨いでアンジェラの横に座ると、アンジェラは自分に巻いていた毛布を伸ばしてマイケルへとかけた。
「ほら、こうした方が温かい♪」
「そう、だな……」
マイケルはそっと蓋をして、少しだけ隙間を開けることで、街灯の明かりを中に取り込んだ。
互いの顔が灯りに照らされて、その距離の近さに少し落ち着かない様子だ。
「……ねえ」
「……ん?」
「緊張する?」
「ばっ、バカ! 早く寝ろ!」
「やっぱり私じゃ誰も……買ってくれないよね……?」
「……いいから早く寝ろよ?」
「……ん」
「……」
そこから沈黙がしばらく続いた。
マイケルがうとうととし始めた頃、ふと、アンジェラが震えている事に気がついた。
きっと隙間風が寒いのだろうと、マイケルは少し身を寄せるが、アンジェラの震えは止まらない。
「寒いのか?」
「……ひぐっ」
振り向いたアンジェラは涙で頬を濡らしていた。驚いたマイケルは、少したじろいで。
「ど、どうした!?」
「な、な゙ん゙でも゙な゙い゙わ゙っ!」
「ばかっ! そんな顔で何でもないわきゃないだろう!?」
「うっ……ゔわ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ん゙!」
アンジェラは突如、堰を切ったように泣き出した。止め処無く溢れる涙は、彼女の安物のメイクをドロドロに流した。
それでも泣き続けるアンジェラを、マイケルは何も言わずに抱き寄せて、背中をぽん、ぽん、と赤子をあやす様に優しく叩いた。細く、小さな背中、泣いたせいか、少し熱を帯びている。
アンジェラが泣き疲れた頃、マイケルが毛布の端でアンジェラの顔を拭ってやると、メイクの下から幼気な少女の顔が現れた。
「お前……まだ
「……やっぱり、子供じゃ抱けない、よね?」
「何てこと聴きやがる……何だ、金か?」
「……そうよ、お金が要るの」
「そうか、金か……世知辛ぇ世の中だぜ、ったく……」
「……」
「……いくらだ?」
「……抱いて……くれるの?」
「ばっ!? ば、ばか! ちげーよ! いくら必要なんだって聴いてんだっ!」
「……え? あっ……うん、たくさん要るの」
それを聴いたところで、いくらも持ってはいない。少女が身体を売ろうとしいて、いったいどれほどその身を傷つけなければいけないのか、マイケルは考えた。吐き気がする。
かと言って、自分に何が出来るわけでもない。遣る瀬無い、居た堪れない、マイケルの。
ぎりっ、奥歯が鳴った。
世間の風は冷たく、心の隙間に吹き込んで来る。
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この物語はフィクションです。未成年は青少年保護育成条例で守られておりますし、売春は売春防止法で禁止されております。ご注意ください。
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