第三話 老人

 二人は意気揚々として食べ物屋を探しに向かった。

 これから飲み食いする事を想像するだけでワクワクするのだから、人というものは単純な生き物である。


 街ゆく人々は、明日に迫るクリスマスと言うイベントに向けて、同じようにワクワクしているのだろう。

 クリスマスの音楽から鳴る鈴の音が、二人の耳にも心地良く、心が弾んで足取りも軽い。

 二人はニマニマと喜色満面で、店の物色の為に繁華街を目指していた。


 二人が繁華街へ向かう途中、公園の中を抜けようとした時だった。


 街灯の下に黒い影があった。


 二人は一瞬立ち止まり。


 息を呑む。


 そして、歩き出した。


 足早に。


 それを見て、見ぬ振りをしようとして、そそくさとその場を通り過ぎた。


 お互いに何も言わず、前だけを見て、歩く事に専念した。


 歩く。


 歩く。


 歩け!


 そう自分に言い聞かせて歩いた。


 公園の出口に差し掛かり、二人の足取りも緩やかになった。


 繁華街の方からまたクリスマスの鈴の音が聴こえて来る。


 二人には解っていた。


 公園の向こう側には、必ず楽しい今日が待っている。


 そんなことは誰に言われなくても解っていたのだ。


 二人は……。


 はぁ、ため息を吐き棄て。


 顔を見合わせた。


 何故かお互いに、諦め顔で笑っていた。


 そしてひとつ頷くと、もと来た道を戻り始めた。


「あんた、やっぱり悪い人じゃないわね♪」

「お前にゃ言われたかねえよ!」


 わはは、歩きながら笑ったが、すぐに我に返る。きっとそんな場合ではない。二人は足を速めた。


 街灯の下に戻って来た二人は、顔を見合わせて。眉間にシワを寄せた。


「おい! じいさん!? 生きてるか!?」


 街灯の下の影と思われたモノは、黒い服を着た老人だった。


 公園と言えど、クリスマスイブともなれば人通りは多く、そこら中にカップルは居る。


 しかし、ここに居るのは老人ではなく、影なのだ。


 影だから気にする必要はない。そこに何があるのかなんて、わざわざ確認する必要がない。


 そう言うことなのだ。

 

 老人の身なりは小綺麗で、ホームレスと言うわけではないようだ。しかし老人の持ち物からは、身分を特定出来るものが見つからない。


「誰か救急車を呼んでください! お願いします! ここでおじいさんが倒れているんです!」


 マイケルは大声で叫んだ。


 しかし道行く人も、近くのベンチに居るカップルも、誰ひとり見向きもしなければ、耳も貸そうとしない。


「お願いします! 誰か! 救急車を!」


 アンジェラも叫んだ。


 しかし人の気配は遠退いてゆく。


「……くそ! アンジェラ、じいさんを見ててくれ! 俺は救急車を呼んで来る!」

「わかったわ!」


 マイケルは公園を抜けて繁華街の方へと走って行った。


 アンジェラは老人の脈と呼吸を確認して、自分のコートを老人へとかけた。


 息はある。


「おじいさん!? しっかりして!! おじいさん!?」


 アンジェラは老人の頬を軽く叩いて、意識を呼び戻そうとする。


 頬が冷たい。


 アンジェラは体温が下がっているかも知れないと、老人の身体を抱き寄せた。


 辺りは雪がちらつき始めている。世間の風はいつも冷たいものだ。そんなことは、アンジェラは身を以て知っていた事だが、こんな時くらいは勘弁して欲しいと、心からそう思った。


 どれくらいの時間が過ぎただろうか、マイケルは未だ戻って来ない。


 ガチガチと歯を鳴らして凍えるアンジェラは、おじいさんの呼吸を時々確かめながら、ひたすらマイケルの帰りを待った。


 おじいさんの顔から血の気が引いて来た気がする。アンジェラは、おじいさんの顔を擦り、息を吹きかけ、少しでもおじいさんの暖を取ろうとした。


 しかしその甲斐もなく、おじいさんは意識はおろか、体温も下がり続けている。


「誰かあああ!! 助けてくださああああい!!」


 アンジェラは渾身の声を振り絞って叫んだ。


 しかし周囲に人影は無くなり、しんしんと雪が降り積もるばかりだった。


 やがて。


 アンジェラの意識も遠退いてゆく。


 遠くで救急車のサイレンの音が聴こえる。


 マイケルが呼んでくれた救急車が来たのだろう。


 薄れゆく意識の中、おじいさんの顔が少し笑ったのが見えたように思えて。


 アンジェラは眠りに就いた。











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