第一夜

第2話 陽光の下で

きーんーこーん、かーんこーん……きーんこーん、かーんこーん……。


「よーし、気を付けて帰れよー」


「うぁ…………」


呑気に鳴るチャイムの音と担任教師のダミ声を僅かに耳がとらえた事で、私は今日のカリキュラムが全て終わった事を朦朧もうろうとしている意識の中で悟った。


もう業務を終えようとしている赤い太陽の陽が、薄いカーテンをすり抜けて青白いとも形容出来る私の肌と目を灼く。


夢の中にいるような意識の中で感じるのは、脳を直接殴られるようなガンガンとする痛みと、立っている地面がグラグラと揺れるような感覚……そんな気持ち悪い感覚の中で、私は黙々と帰る準備をして席を立った。


忘れぬように、教室を出てすぐの廊下に置かれた傘立てに入れた日傘を取り、北側にある為に陰になっている階段を降りて、校外に出る。

言葉にすれば二行、下手すれば一行でも事足りる移動に、ひどく精神を使った。


その間にすれ違った他の生徒は、部活動だろうか?

先輩や同級生、後輩達と楽しそうに話しながら、体育館に向かっていた。

どこの部活にも所属せず、先輩も後輩も一人も名前を知らない私とは違って、ワイワイと『今』を楽しんでいるその姿は、まさに『青春』だ。


一人で俯いて進む通学路は、いつも寂しい。

共に話して帰るような友達は、もう中学校に入ってから二年目も経ったというのに、残念ながら一人もいなかった……当然だろう。


私が毎朝飲んでいるクスリの副作用は、意識の低下と眩暈めまい、そして頭痛だ。そんな、吐き気すら催すような状態の中で友人作りに励めるような人間がいたら尊敬する。


金木犀の甘い香りが頬を掠める帰り道を、そんなくだらない事を考えながらひたすらに歩いた。日傘を通した穏やかな木漏れ日を見て、今の私にはそれすらも忌々しいと思えてしまう。もしも、これも綺麗だと思えたのだろうかと、ほんの少し嘆いてしまった。


そう……例えば、私が吸血鬼ヴァンパイアではなく人間だったら。

ヴァンパイアを人間にするクスリによってこんなに苦しむ必要もなかったのだろう。


そうでなくても……母のように血が薄くて、その特徴が出ないようなヴァンパイアであったなら?


私と同じヴァンパイアと人間のハーフで、ダンピールと呼ばれる種族でありながら、人間である父の血を多く受け継いでいる姉や弟のように、ヴァンパイアの良い所だけを取ったような体質であったなら?


クスリを飲む必要が無い彼女らのように生まれていたのであれば、私も少しは楽しく生きれたのだろうか?


なんて、そんな物は叶いもしない妄想だ。


「ただいま……」


歩く事ピッタリ十三分。

三階建ての我が家に着いた私は玄関ドアをくぐり、一応家にいるはずの母と姉弟に声をかけてから階段を上った。彼らがいつも過ごす明るいリビングに入る事は、私には出来ないから。


遮光カーテンによって陽光が全て排除された自室に荷物を下ろし、制服を着替える事もせずにそのままベッドに倒れ込む。枕元に置いてある橙色の優しい光を放つ間接照明の電気を付けた所で、私は力尽きた。


「本当に、苦しいなぁ……」


目の上に腕を乗せて、私は呟いた。

暗い視界が、まるで自分の未来を指しているようで泣けてくる。


……それでも、私は足掻く。

と話して、人生……いや、ヴァンパイアの生を楽しむと決めたから。


「今日は、満月か……あの人達は、元気だろうなぁ……」


夜が楽しみだ。

今日のは、きっといつもより楽しいはずだから。

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ヴァンパイア・マリンスノウ 風宮 翠霞 @7320

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