ヴァンパイア・マリンスノウ
風宮 翠霞
プロローグ
第1話 手紙と罠
「こんなの……」
「ふざけるな……‼︎」
いつもの暖かい空気は鳴りを潜め、静かな怒りと悲しみが「
普段なら冗談を交わして笑い合い、乾杯をしているような時間なはずなのに、今日は皆が悔しげに唇を噛み、俯いている。
「BAR・マリンスノウ」らしからぬ異様な空気は、カウンターに置かれていた手紙が原因だった。
◇
拝啓、マリンスノウの皆様へ
あの日、私を助けてくれてありがとうございました。
貴方達と出会えた事は、私の人生でいちばんの幸運でしょう。
大好きです。
血の繋がりはないけれど……それでも、貴方達は私の家族です。
私を慈しんでくれて、愛してくれて、たくさん助けてくれてありがとう。
幸せでした。
貴方達と過ごした日々は、何よりも大切な思い出です。
願わくば、ずっと一緒にいたかった。
願わくば、ずっと一緒に笑い合いたかった。
願わくば……この先も、一緒に生きていきたかった。
ですが……。
私は化け物です。
貴方達とも違う、どうしようもない夜の化け物です。
このまま一緒にいれば、私はいつか、貴方達を傷つけてしまう。
このまま離れる事が、幸せに繋がるでしょう。
今まで、本当にありがとうございました。
敬具、夜野
◇
泣いたのだろう。文字は滲み、紙はうねっている。
菫色の便箋には、読みやすい大きさで丸っこい、可愛らしい文字が並んでいた。
あまりにも見覚えのある、綺麗な文字。彼らのお姫様の字だ。
「こんな事をするのは……」
「ハンター協会しかいないだろうな」
バーにいる全員が、ヴァンパイアハンターのトレードマークである、闇夜でも目立つ炎のような赤い色のマントを思い出す。
自分達を狩り殺そうとする仇敵達の姿を、全員がその手紙を通して見た。
危機感を煽り、孤立させ、そして殺す。
そんな卑怯な手口は、彼らの常套手段だと知っていたから。
「随分と……俺らを舐めてくれるなぁ?」
彼女が自分達と違う存在である事など、とうの昔に全員が知っていたのに。
知った上で、過ごしていたのに。
彼女はそれを知って、ここにいてはいけないと思ったのか……思わされたのか。
「わたくし達が、あの程度で揺らぐはずがありませんのにね?
あの程度で羽美ちゃんを嫌いになるなんて、そんなはずある訳ないでしょう……‼︎」
皆、心は決まっていた。
もはや全員の癒しと化している少女が、仇敵の罠によって殺されようとしている。
黙って見ているという選択肢など、あるはずが無い。
彼女は彼らの愛娘であり、末妹であり、庇護対象であり、アイドルであり、お姫様なのだから。
「全員で助けに行くよ。羽美が二度と、僕達の手を離せなくなるように」
バーの店主である茜の声に、全員が頷いた。
『化け物』と呼ばれる者達は、動き出す。
全てはたった一人の少女を、救い出す為に。
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