ヴァンパイア・マリンスノウ

風宮 翠霞

プロローグ

第1話 手紙と罠

「こんなの……」


「ふざけるな……‼︎」


いつもの暖かい空気は鳴りを潜め、静かな怒りと悲しみが「BARバー・マリンスノウ」を支配していた。

普段なら冗談を交わして笑い合い、乾杯をしているような時間なはずなのに、今日は皆が悔しげに唇を噛み、俯いている。


「BAR・マリンスノウ」らしからぬ異様な空気は、カウンターに置かれていた手紙が原因だった。



拝啓、マリンスノウの皆様へ


あの日、私を助けてくれてありがとうございました。


貴方達と出会えた事は、私の人生でいちばんの幸運でしょう。


大好きです。


血の繋がりはないけれど……それでも、貴方達は私の家族です。


私を慈しんでくれて、愛してくれて、たくさん助けてくれてありがとう。


幸せでした。


貴方達と過ごした日々は、何よりも大切な思い出です。


願わくば、ずっと一緒にいたかった。


願わくば、ずっと一緒に笑い合いたかった。


願わくば……この先も、一緒に生きていきたかった。


ですが……。


私は化け物です。


貴方達とも違う、どうしようもない夜の化け物です。


このまま一緒にいれば、私はいつか、貴方達を傷つけてしまう。


このまま離れる事が、幸せに繋がるでしょう。


今まで、本当にありがとうございました。


あかねお父様、朱鳥あすかお母様、水景みかげお兄様、緋兎果ひとかお兄様、真白ましろお兄様、亜夜寧あやねお姉様、かおるお姉様……皆様のこの先の生が、幸せである事を祈っております。


敬具、夜野 羽美うみより



泣いたのだろう。文字は滲み、紙はうねっている。

菫色の便箋には、読みやすい大きさで丸っこい、可愛らしい文字が並んでいた。

あまりにも見覚えのある、綺麗な文字。彼らのお姫様の字だ。


「こんな事をするのは……」


「ハンター協会しかいないだろうな」


バーにいる全員が、ヴァンパイアハンターのトレードマークである、闇夜でも目立つ炎のような赤い色のマントを思い出す。


自分達を狩り殺そうとする仇敵達の姿を、全員がその手紙を通して見た。


危機感を煽り、孤立させ、そして殺す。

そんな卑怯な手口は、彼らの常套手段だと知っていたから。


「随分と……俺らを舐めてくれるなぁ?」


彼女が自分達と違う存在である事など、とうの昔に全員が知っていたのに。

知った上で、過ごしていたのに。

彼女はそれを知って、ここにいてはいけないと思ったのか……思わされたのか。


「わたくし達が、あの程度で揺らぐはずがありませんのにね?

あの程度で羽美ちゃんを嫌いになるなんて、そんなはずある訳ないでしょう……‼︎」


皆、心は決まっていた。

もはや全員の癒しと化している少女が、仇敵の罠によって殺されようとしている。

黙って見ているという選択肢など、あるはずが無い。


彼女は彼らの愛娘であり、末妹であり、庇護対象であり、アイドルであり、お姫様なのだから。


「全員で助けに行くよ。羽美が二度と、僕達の手を離せなくなるように」


バーの店主である茜の声に、全員が頷いた。


『化け物』と呼ばれる者達は、動き出す。

全てはたった一人の少女を、救い出す為に。

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