しきみ荘の日常

@yainnoou

第1話 しきみ荘の日常 case.1 神秘との邂逅  【三滝真美】前編

 「星を見ませんか?」


 妙な男だ、それが第一印象だった。整った顔立ち、小柄な体つき、一目見ただけでは女と見紛う容姿の武士。彼は粗末な盃を優雅に傾け、酒を煽っている。


「星は船乗りの道導であり、旅人が目指すものであり、あるいは群衆を導く人そのものを指すこともあります」


月のない夜、路地に屯するのは悪人とそれを取り締まるものばかりの星あかりだけの夜。その中で男は酒を呑み、空を見上げている。ただの阿呆なのか、それともあるいはその逆なのか、俺には理解が及ばなかった。


「それを見てなんの意味があるんだい」

「さぁ、見る者が何を見出すかによりますね」


思わずドスの効いた相槌が出る。しかし男は気にしたそぶりもなく、微笑んでいる。


「どうです?壬生浪。貴方には何が見えていますか?」



 残念ながら、なんと答えたのかてんで思い出せない。











ーーーーーーーーーーー










 「はっ」


 目を覚ます。

 いつの間にかうつ伏せになって寝ていた。垂れた涎を拭いて、固まった体をゆっくりと起こす。目の前には進んでいない書きかけのレポートが映るPC、飲みかけのコーヒー、そして向かいの席に座る同居人。


 「やぁ、おはよう三滝。ずいぶんよく寝ていたね」


 同居人小沢桜は肘をつき、こちらにどこかむかつく微笑みを向けている。それを一瞥して、三滝真美はすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干す。夕飯の時間で呼びにきたのだろう。すっかり静かになっている。

 ん?

 異様な静寂にあたりを見回す。眠る前には賑やかだったファミリーレストランには今や、客も従業員も誰もいなくなっている。


「は?」


かろうじて口から漏れた吐息めいた声に、小沢は答える。


「外を見ろ。こんな大騒ぎになっても気持ちよさそうに寝るのは才能だな」


揶揄うように笑う声を聞きながら、言われた通り窓の外へ視線を向ける。

 夕焼けの真っ赤な空、黄色と黒の規制線、そして赤い赤いパトランプの点滅。明らかに異様な雰囲気の警官たちの姿に、まだ残っていた眠気も吹き飛ぶ。


「何があった!?」

「殺人だよ。隣の路地、被害者は森が丘学園大学の学生」

「マジ!?」

「首が切り取られて、持ち去られている」

「猟奇殺人やんけ」


小沢はサラッと顔色ひとつ変えずに淡々と伝える。


「周辺の人々は避難させた。現在警察は犯人の足取りを追っている」

「いや、私は?」


寝てて置いてかれたか?最悪すぎる。


「私が放っておいていいと言った」


小沢はとてもいい笑顔で、そう言い放った。整った顔の微笑みは美しいが、この場合いっそう苛立ちを誘う。


「なんで」


思わずドスの効いた声が漏れる。


「壬生浪の嗅覚が必要になりそうだったからな。手を貸してくれ」


そう言って、小沢は立ち上がる。


「おい待て!」


慌ててPCを閉じて、カバンに押し込み、あとを追って席を立つ。


「星読みのプロが関わってくる。星読み以外に星を見るお前が必要になるんだ」

「意味わからん」


そういうな、と笑う。その腰には、ひどく懐かしい、だが非日常的なものがさしてあった。


「銃刀法違反……」

「いつ真剣だと思ったんだ。まぁいい。お前も同罪な」


どこからともなく、もう一振りの刀を取り出す。黒拵えの質素な刀、リュックを背負い直し、しっかりと受け取る。懐かしい重み、柄をもち少し引き抜く。鈍く光る刃がそこにあった。


「ガチで本物じゃんか」

「ここは治外法権だ。お前にも教えてやるよ」


さあ行くぞ、と外への扉を押した。











しきみ荘の日常 case.1 神秘との邂逅  【三滝真美】


 「お前、お化けって信じるか?」

「急に何?」

「現実主義者の三滝は信じないだろうが、お化けも魔法使いも、バケモノも実在する」


小沢が指を鳴らす。とたん警官たちの動きが止まり後は静寂だけが残る。


「ほら行くぞ」


小沢は慣れた手つきで規制線を潜り抜け、警官たちとパトカーの間をすり抜けていく。慌てて三滝も後に続く。警官たちは時が止まったかのように瞬きひとつ動かない。


「何をしたんだ」

「動きを止めただけ。彼らの認知上では瞬く間でしかない」


簡単な魔法だよと、小沢は囁く。

 彼女が向かう先は規制の奥、薄暗い路地だった。


「ここが犯行現場だ」

「見りゃわかるわ」


人型に貼られたテープ、乾きかけの血溜まり、唯一普通の殺人事件と違うのは本来あるはずの頭部を模るテープがないことだろう。


「で、なんで連れてきたの?」

「そりゃ壬生浪の捜査能力を期待してだな…」

「警察で十分。何が目的だ?」

「…実行犯は非神秘保有者、首謀者は魔法使いだ。非神秘主義者で前世を持つ能力者の君の力を借りたい」

「とりあえず用語解説からよろしく」

「では歩きながら」


こうして小沢から俄かには信じられないような話を聞いた。


 曰く、人類はその文明を発展させるためはるか太古より魔法という技術を使ってきた。それはかつては科学と同等であり、しかしいつしか素質を選ぶ技術である魔法は秘匿されていった。素質を持つものは神秘保有者と呼ばれ、中でも組織から認定を受けたものを魔法使いと呼ぶのだと。


「それで、今回は魔法使いが首謀者で?」

「非魔法使いが実行している」

「それは予想?推測?」

「そう予知したやつがいる」

「予知とな」


聞けばこの森が丘市にある森が丘学園大学には魔法使いたちの連合あるという。今回そこの占い師がそう予知したのだそうだ。


「今回の目的はその予知に基づいて連合よりも先に犯人を押さえることだ」

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