第13話 予選、そして失意

「「それでは!!予選2組目の方準備ができたようです!」」


スタートラインに俺含め7頭の馬が整列する。スタートライン付近ではデイヴィッドが腕組みしながらこちらを見て目が合った瞬間微笑んで頷く。


「おいっ、グリーンってあれじゃねえか?」

するとふとまた見知らぬ観衆から馬鹿にするような声が聞こえてくる。


「何だ、案外良い馬乗ってんじゃねえか」


「でも上に乗ってるはやっぱグリーンだな。大体見ろよあの服。ガハハハハ!」


しょうがないだろ、、お金がないんだからこんな服一枚しか買えなかったんだよ、、。


「ヘッ。言ってやるなよ!」

何が面白いのか爆笑している。その近くではリアがまたえげつないオーラを放って周りを怯えさせている。


まあいいさ、ここで見せてやる。


「「それでは開始の時刻となります」」

一斉に会場が静まり返りスタートラインに緊張感が走る。


パアンッ!


シンとのスタートはいつだって最高だ。一瞬の遅れもなくシンは地面を蹴り出しいつも通り強く加速する。


「「さあ一斉にスタート!今度も皆開始早々魔法を、、おーっと!?一人だけ魔法を使わず一気に駆けていきます!」」


「あんなのが持つわけないだろ、、」

左後方からそんな声が聞こえてくる。


「「さあ今大会初出場のキョースケ選手!10m!いや、20mとどんどんその距離を広げていきます!一体このペースでいつまで持つのか!?」」


やはり予想通りまだ魔法は飛んでこない。皆強化系の魔法をかけて馬が光りに包まれている。それでもシンの速さについてこれる者なんて誰もいない。


「「さあもう40mくらい離れたか!?一体どこまで離すんだ!」」


やっぱりこいつと走るのは気持ち良くて仕方がない。前にも横にも誰もいない先頭で何にも邪魔されず何も気にせずただ走る、俺はこの瞬間がたまらなく好きだった。


「こんなもんじゃないよな!シン!本当の競馬を見せてやろうぜ!」


俺がシンにそう声をかけながら軽く手綱を引くとシンはもちろんと言わんばかりに地面を蹴る足をさらに加速する。


60m,70m!距離はどんどんと離れていく。


ドワアアアアアア!

観客からは1回戦を超える歓声が上がる。その歓声がさらに俺とシンの心を高ぶらせる。


「「なんと言うことだ!まだ加速する!魔法はいらない!魔法はいらないということか!」」


70m,80m!ヨシッ!後もう少しだ!


キューーン

右後方からさっきの1組目で聞き慣れた魔法を発動する音が聞こえてくる。


さすがにそう上手くは行かないか、、


ズバッ!

「「さあ魔法を放ったのはロイ選手!ここでついにキョースケ選手を魔法が襲います!」」


でもこれだけの距離があればさすがに避けられるだろう。いや、避けなくてはならない、それこそが俺にできる唯一の役目なのだから。


飛んでくる魔法を避けるべく音のした右後方を振り返る。


「え?」


しかし、そこに広がっていたのは俺の予想を遥かに超える光景だった。


その上空にはこちらに向かってくるいくつもの矢の形をした炎が見える。その数10,20、、いや、それ以上だ。空が燃えたぎる炎の赤で満たされている。


こんなの避けられるはずないじゃないか、、それにこれって、、ほんとに当たっても命に関わらないの?


俺は思わずさらに後方の魔法を放った騎手を見ると何やら慌てた顔して減速している。


くそっ!


俺は慌てるあまり思考停止しただ懸命に手綱を握り走り続ける。


魔法が放たれ一瞬にして解説も会場も一気に静まりかえる。大量の火の矢はものすごい勢いで迫ってくる。


ダメだ!もう時間がない!


頭の中が真っ白になっていく。


どうすれば良いんだよ!こんなの!


魔法が空を切って近づいてくる音がする。


詰んだ、、ごめん、、シン。リア。


そう諦めかけた次の瞬間だった。


キューーーン


シンの馬体が急に淡く青く光り始める。今まで何度か見たやつだ。


「シ、、シン?」


「ガフフッ!」

そうシンが雄叫びを上げると右へと大きく跳ねる。その直後本来進んでいたはずの左側の地面に火の矢が着弾し強い衝撃と共に爆発を起こす。


あまりの出来事と自分が本当に死にかけていたことへの驚きから声を失う。


さらに、思考を立て直す間もなく今度はシンが左に大きく跳ねる。すると今度は右側前方の地面に2カ所爆発が起こる。それから立て続けに前後左右に次々と着弾するがその爆発は一つも当たらない。時には左右に跳び、時には直進しひらりひらりと爆発を躱していく。シンにはまるでどこに魔法が飛んでくるのか分かっているかのようだった。


「う、嘘だろ、、」

もうその時俺はただシンに乗って落ちないようにしっかり手綱を握ることしかできなくなっていた。守られているのも、導かれているのも完全に俺の方だった。


次第に火の矢が飛来する甲高い音も少なくなり、おそらく最後であろう前方の爆発をひらりと躱し俺たちは煙幕から飛び出る。


煙幕から俺たちが姿を現した瞬間、それまでずっと静寂と緊張に包まれていた会場にこれまたさっきを遙かに超える興奮の歓声が会場全体に響き渡る。


「「す、すみません、、思わず私も言葉を失ってしまいました、、あっっと!ここで失格の赤旗が上がります。魔法を放ったロイ選手は失格となります!」」


た、助かった、、。後方を見やると後続はもう100m以上後ろにいる。後はこのまま走るだけで勝てるだろう。


それにしてもシンのやつ、、この世界に来てからどうしちまったんだ。明らかに何か普通じゃない何かがあるのは間違いないだろう。


それに、、今度は明確に、、シンに命を救われてしまった。


それから俺たちは折り返しのコーナーを華麗に曲がりさらに距離を離した。想定通りそれから攻撃は一つも飛んでくることはなく早くも2位争いにシフトしたようだった。


「「予選2組はキョースケ選手が圧倒的1位でゴーーール!!なんと魔法を一度も使いませんでした!!」」

結果的には予選第2組は俺たちの圧勝で終わった。あと魔法は使わなかったんじゃなくて使えなかっただけだ。


ドワアアアアアア!

圧倒的な歓声が俺たちを出迎えるが、レース中に起きたあまりの出来事に素直に喜びきれない。


「凄かったぞーーーー!」

「どうやって避けきったんだ!?」


あちこちからそんな歓声が聞こえてくる。周りから見ればあれはシンではなく俺が全て避けたように見えたのだろう。素直に声援に応える気にもなれなかった俺はあっちの世界でもやっていたように二人で同時にぺこりとお辞儀をして出口へと向かった。


あ、あの人、、


出口から少し離れた本部の運営テントではさっき俺に魔法を放った人が何やら偉そうな人から説教されている。落ち込んでいるのか顔は俯いたままで良く見えないが今の俺には彼への怒りよりも自分に感じる情けなさの方が大きかった。


「キョースケ!!」

コースの出口から出た俺たちのところへ心配そうな顔をしたリアが駆け寄ってくる。


「有り得ないわ!あんな魔法を使えば相手が危険にさらされることくらい普通に分かるでしょ!あのちんちくりん頭!」


あ、あのリアさん、、ちんちくりんって、、。


「まあでもひとまず勝てて良かったよ。何が起こったのか分からなかったけど」

俺がまた知らんぷりをしているシンの方に目線をやりながら言うと、リアもシンの馬体をじっと見つめる。


「おそらくさっきのもシンに組み込まれている何かが関係していると思うわ。私には到底分からない複雑な魔法が発動してるように見えたわ、、。本当に不思議な子、、」


「結局また何もできないままこいつに助けられちまったな」


「そんなことないわよ。立派な走りだったわ」

俺の心のわだかまりを悟ったのだろう、リアはちょっとだけ不思議そうな顔をしてから目を見て褒めてくれる。


「そうかな、、ありがとう」

でも、今の俺にはその目を真っ直ぐと見返すことはできなかった。







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