第3話 伝説、そして出発

「あんた、あの馬とはどこで出会った?」

そう唐突にきかれて俺は戸惑う。俺とシンの出会いはもちろん厩舎であり、まだデビューしたての俺にそんなに良い血統を持っていないシンが試しで紹介されたのがきっかけだった。しかし、もちろんそんなこと言えるわけもなく


「し、親戚に譲ってもらったんですよ。旅に出るときに」

自分でもわかるくらい引きつった笑顔でそう返す。


「そうか、、いやな、お前さんも聞いたことあると思うが伝説の天馬ベガに似ていると思うての」


「伝説の天馬ベガ?」

なんのこっちゃ当たり前だが聞いたことがない。


「なんじゃ知らんのか、この辺じゃ有名だぞ、遠い地の出身か?」


「ええ、まぁはい」

これまたわざとらしく頭の後ろをポリポリと掻きながら応える。


「それは昔千年以上も前にこの世が大戦乱の世だった時代の話じゃ。それはもうたくさんの兵士が死に、子供が餓え、奴隷が生まれたという。しかし、そこに一人の伝説的な女性の魔法使いと一頭の馬が現れた。彼女の名前はファロメ、そして馬の名前はベガ。ファロメは美しい金髪を持ちとても勇敢かつ聡明であったそうじゃ。ベガは美しく白い馬体に誰よりも速く走る脚、そして神の魔力によるあらゆる加護を受けておりその姿から天馬と呼ばれていたそうじゃ」

じいさんはとことどころ間を置きながら語り始める。


どの世界でも戦争は絶えないというわけか、嘆かわしい限りだ。


「そして、大魔法使いファロメはそんな世界の惨状を憂いベガと共に、枯れた地には恵みを施し、悪を罰し、ときには大衆に訴えかけることでわずか3年で大乱の世を終わらせて世界に平和をもたらした」


なんとまぁわずか三年でしかもたった二人で戦争を終わらせるとは凄い話だ。


「それで、なんでシンがそのベガに似ていると思ったんですか?白い馬ならどこにでもいますし、、」


「それがの、ベガには「泣き馬」という異名があったそうなんじゃ。どうも顔の模様が泣いているように見えたことから天馬ベガは戦乱の世を憂い悲しんで涙している、とそう言われておったそうなんじゃ。まあそれも語り継がれるうちに話に色がついただけかもしれないがの」


「なるほど、たしかにその話だけ聞くとシンとベガが似ているように思えますね、でもたまたまじゃないですかね、俺はあいつと昔から一緒だったしそんな特別なとこにいたわけでもないですし」


たしかシンの父親はその馬体の美しさと恵まれた体格で選ばれた無名の馬で母もそこそこの血統の馬だったと聞いている。それで新人でペーペーの俺に任せてくれたんだがこれがもう大快進撃だったというわけだ。もちろん途中でもっと凄い騎手に乗り換えるなんて話もあったんだけどシンが頑固として俺以外を乗せようとしなかったんだよな。まあ、とにかくシンは俺もよく知っている普通の厩舎で生まれたはずだ。


「そうか、、まあファロメとベガはその戦争の後に姿を消したと伝わっておるしたまたまじゃろうな。いやすまんな疲れてるところ呼び止めてしまって」


「いえいえ、良い話が聞けました。それにシンはきっとその天馬ベガとやらにも負けてないと思いますよ」

俺が自信に満ちた笑みを浮かべて言うとじいさんも微笑んでどこか遠くを見るように微笑んでゆっくりと口を開く。


「そうじゃの、あんな立派な馬はわしも見たことがない」


「でしょ」

俺も思わず上機嫌になってニコッと笑うと少し間を置いてじいさんが真剣な顔で再びこちらを見る。


「厚かましいことは承知だがそんな二人にお願いがあるんじゃ」


「お願い?」

急に改まってじいさんが言うもんだから俺も緊張して唾を飲み込む。魔王討伐とか秘剣探索とかだったらどうしよう、、


「どうか姫様だけは助けてやってくれぬか。まだあの歳で両親も殺され不憫でならんのじゃ」


なんだそんなことか、それなら頼まれなくてももう腹は決まっている。


「もちろんです。姫様だけは何としても無事隣国へと届けましょう。俺たちに任してください」


実際当てのない身だし今は姫様を助けることくらいしかやることがないのだ。それに、助けたら生活の当てとかできるかもしれないし、、


「ありがとう、どうかお願いするよ」


「こちらこそ何から何までありがとうございます」

じいさんに深々とお礼をされおっとっとと俺は気を引き締め直し忘れずにお辞儀を返した。世話になっているのはこっちだしな。


それから今度こそ本当に客用の寝室に入りベッドに横たわると、今まで緊張して感じていなかったのかドッと疲れが体を襲う。無理もないだろう、そもそも俺は大一番の菊花賞を走り、死んで、一晩走ったのだから。


それにしても大変なことになったものだ。突然死んだかと思ったらお姫様を助けなきゃいけなくてその後のことも何も決まっていないなんて。ここまで来ると逆に考えることを放棄できるな。そんなことを漠然と考えていると重くなっていた瞼が落ちていきやがて俺の意識は遠のいていった。







目が覚めると窓から日の光が差し込み太陽はすっかり空高くまで登っていた。そろそろ出発に向けて準備しないとなと思いながら部屋のドアを開けてリビングに出る。


「おはようございます」

流れるような金髪がひらりと舞い正面に背を向けていた彼女がこちらを見る。俺は思わずぶしつけに五秒以上も直視してしまった。そこに先ほどまでのボロボロな姿と疲れ切った表情はもうなく、凛とした瞳に毅然とした表情がその美しさをより際立たせる。俺が寝ている間に風呂に入ったのだろう艶やかな髪は一本一本が意志を持っているかのようにまっすぐと流れている。それにどうやら身体中の傷も魔法で治したのだろう、もうどこにも見当たらない。


「お、おはよう、姫様」

前世では青春を競馬に全振りしていて女子耐性が皆無の俺にはこれくらいの挨拶を返すのがやっとだった。改めてこんな美女と面と向かうと緊張しすぎて何を話せば良いか分からなくなる。すると彼女の方から口を開いてくれた


「あの、差し出がましいようで申し訳ないのですが東の隣国までお供して頂く事はできないでしょうか」

ちょっと自信がなさそうな顔でこちらをじっと見つめながらそう言う。


そっか、じいさんと俺の会話を聞いてなかったもんな、元々そのつもりだったし当てもないし、あとこんな美可愛い子にお願いされたら断れるわけないし。


「ああ、もちろんだ、俺にできることなら」

ちらっとじいさんの方を見ると満足気な表情をしている。


「ほんとですか!?ありがとうございます!」

彼女の不安そうだった顔にパッと笑顔が浮かぶ。初めて見た彼女のそんな表情にドキッとしない男はきっとこの世界にもあっちの世界にもいないだろう。


「じゃあ、これを持っていきなさい」

横で見ていたばあさんが何か布のようなものと斜め掛けの革製の鞄を差し出す。


「この鞄の中には少しの食糧と水に少しのお金、それとあんたたちが着てた服を入れておいたから、こっちのはローブね、これで少しは姿を隠す助けになるでしょ」


「そんな、、こんなものまで、、」

受け取った布を広げると茶色いフード付きのマントのようなものが出てきた。俺と彼女は黙ってそれを羽織ってみる。


くーーーーーーっっ!正直これでテンションが上がらない男なんていないだろう。こんな中二心をくすぐる服はない。一旦バサッと翻してみたい気持ちを何とか抑え隣を見ると彼女はいたって静かに着心地を確認している。俺はちょっと恥ずかしい気持ちになりながら鞄を肩からかける。


「ありがとうございます、必ず無事送り届けます」

「お二方とも本当にありがとうございます、この御恩はいつか必ず」


俺と彼女はそうお礼を告げ玄関から出てシンの方へと向かう。馬小屋のシンの前には多少の食べカスが散らばっており俺が知らない間に餌までやってくれていたことに気づく。シンも疲れが取れたようですっかり生気に満ちているのを感じる。


姫様を先にシンに乗せて俺も乗ろうとするとじいさんにトントンと肩をたたかれる。

「お前さん、当てがなくて困ったらまたうちに来ると良い、力になるぞ」

姫様には聞こえないくらいの声で俺にそう告げるとじいさんはにっこりしながら俺たちから離れた。


姫様は何を話しているんだろうと少し不思議そうな顔でこちらを見ていたが、特に気にせず俺もシンにまたがる。


「じゃあ、気を付けての」

それ以上は何も言わず二人は後ろに手を組んでこちらを微笑みながら見つめる。


「ありがとうございます!」

彼女は元気にそう応えたがあまり何度も繰り返すのもあれかと思った俺はただ微笑んでコクリと二人の方を見てうなづいて手綱を引いた。





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