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「お待たせしました」
ふふっと楽しそうに笑いながら白藤の宮が笹の葉をもした透明なガラスの器に(あとでちゃんと見たのだけど、それはとても見事なガラス細工だった)切った大きな桃を乗せて、若竹姫のいる部屋に戻ってきた。
……、でも、若竹姫から白藤の宮に言葉はない。
若竹姫はずっと黙っている。
薄暗い部屋の中で、じっとさっきまでと同じように鈴蘭の花の模様のある座布団の上に正座で座りながら、下を向いて、ただ黙ってその場所に動かずにいた。
白藤の宮は自分の席に戻ると、鈴蘭の花の模様のある座布団の上に正座で座って、大きな桃をのせた笹の葉をもしたガラスの器を二人の向かい合って座っている間のところにおくと、「どうかしましたか? 若竹姫」と、とても優しい声で(にっこりと明るく笑って)若竹姫に言った。
若竹姫は、なんでもありません、白藤の宮。と笑顔で、明るくて元気な声で、白藤の宮にそう言うつもりだったのだけど、……、その言葉は、どうしても言葉にはならなかった。
若竹姫の気持ちは若竹姫の内側に止まったままで、外側には出て行こうとしなかった。(こんなふうな気持ちにならないように気を付けていたのに、どうしてだろう? 泣かないように、ずっと頑張っていたんだけどな。なさけないな)
若竹姫は笑顔になることもできなかった。
若竹姫は、……静かに泣いていた。
顔を上げることができなかった。
自分が泣きているところを白藤の宮に見られたくはなかったのだ。(とっても、とっても恥ずかしかった)
「若竹姫」
と白藤の宮が言った。
「……はい」
絞り出すようにして、そんなふうに震えた声で(下を向いて緑色の畳をじっと見つめながら)若竹姫が言うと、「あーん」とそんな白藤の宮の声が聞こえた。
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