18

 閉めたままの障子の向こう側からは森に降る雨の音が聞こえた。(若竹姫はこの薄暗い部屋に光りと少しの風を入れるために障子を開けようと思った)

「白藤の宮。障子を開けてもいいですか?」

 白藤の宮と同じようにいただきます、を言ったあとで、出来立てのお食事に箸をつける前に(白藤の宮はいつものように、もぐもぐと口を動かしながら、もうご飯を食べ始めていた)若竹姫は言う。

「ええ。もちろん。構いませんよ」

 にっこりと笑って、口元を白い布で一度拭いてから、上品な顔で白藤の宮はそう言った。

「ありがとうございます」

 若竹姫は小さく笑うと、それから座っていた鈴蘭の花の模様のある座布団の上から立ち上がってゆっくりと足音を立てないように緑色の畳の上を歩いて移動をして、薄暗い部屋の障子をそっと(音もなく)開けた。

 するとそこには見慣れた古くて静から森の風景が見えた。

 ……雨の降っている森の風景。

 若竹姫はその場所に立って、目を閉じて、一度ゆっくりとそんな雨の降る森の匂いをかいだ。(雨の降る森の匂いを運んでくれる風も気持ちよかった)

 若竹姫はそっと目を開ける。

 それから雨の降り続ける灰色の空を見上げる。(どんよりとした曇り空だった)

 そこにはやっぱり見慣れた風景があった。

 雨の降っている灰色の空。

 雨降りの空の風景は、森でも、都でも、どこにいても、(私が小さな童のころも、大きくなったあとも、きっとこれから何歳になったとしても)やっぱりまったく同じ風景のように、若竹姫には思えた。

 ……それは、あなたも同じですか? 白藤の宮。

 と心の中で自分の後ろにいるはずの、白藤の宮にそっと若竹姫は問いかける。(そうな風にして心の中で白藤の宮に話しかけるのは、若竹姫の小さな童のころからの癖だった)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る