10 こっちにおいで。
こっちにおいで。
今でもよく覚えている。
その日は、朝からずっと冷たい雨の降っている日だった。
若竹姫が一人でうずくまって、(すごく嫌なことがあって、お屋敷を抜け出して)古びた由緒ある大きな神社の軒下で泣いていると、がさがさと近くの木陰にある草むらでなにかが動く音がした。
……なんだろう? 少し驚いて、若竹姫は音のしたほうを見る。
すると少しして、その草むらから一人の女の子が(がさっと勢いよく)顔を出した。珍しい亜麻色の髪をした若竹姫と同い年くらいの小さなかわいい女の子。(頭の上に葉っぱが一枚、乗っかったままだった)
そのかわいい女の子は草むらの中からじっと、うずくまって泣いている若竹姫のことをなにやら物珍しそうな顔で、(すごく興味津々といったような大きな瞳で)見つめていた。
若竹姫は目を真っ赤にしたまま、じっと、その見知らぬかわいい女の子の顔を見つめた。
……、ざーっ、という小さな雨の降る音が聞こえる。
若竹姫とそのかわいい女の子はそのまましばらくの間、そうして雨の中で、お互いのことをじっと見つめ続けていた。
それから、そのかわいい女の子は草むらの中からごそごそと出てきて、若竹姫の座っている古びた由緒ある大きな神社の軒下のところにまで、雨の中を歩いてやってくると、「よいしょっと」と言って、若竹姫の隣に、若竹姫と同じように膝を抱えるような姿勢でちょこんと座り込んだ。
それから、横を向いて泣いている若竹姫の顔を見つめた。
若竹姫も、(ずっとかわいい女の子の動きを目で追っていた)同じようにそのかわいい女の子のことを見た。
その女の子は、本当に、とてもかわいらしい女の子で、……、でも、なんだかすこしだけ、不思議な感じのする女の子だった。(そのとき、なぜそう感じたのかは、よくわからなかったけど……)そのかわいい女の子は鮮やかな赤い花(牡丹)模様の着物(帯は橙色だった)を着ていた。(若竹姫は青色の花(桔梗)模様の着物を着ていた。帯は向日葵色だった)
足元は草鞋で、その顔はとても綺麗で、(まるでお人形のようだった)若竹姫はそのかわいい女の子の顔を見て、最初、(突然あらわれたということ以外に)とても驚いた。そのかわいい女の子は、どこかやんちゃな(お屋敷暮らしに飽き飽きしているといったような)お姫様のような顔をしていた。まるでおとぎ話の中から、そのかわいい女の子がこちら側の世界に勢いよく駆け足で抜け出してきたと思うような、そんな不思議な(どこか浮世離れした)女の子だった。
そのかわいい女の子は髪の毛に赤い紐のついた黄色い小さな鈴をつけていた。(その鈴は、ちりん、と小さな音を立てて女の子が草むらから顔を出したときに鳴っていた)
ずっと泣いている若竹姫はそのかわいい女の子のことを、そんなことをぼんやりと考えながら、ただ、じっと見ていた。(なんだか夢を見ているみたいだと思った)
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