最高の誕生日
「では、サランの息子タゥの16回目の誕生の日を祝うこととする。皆も大いに飲んで、喰らってくれ!」
賑やかな歓声が響き渡る。
今日は本家の家族が全員集められているので、広い室内でもなかなかの人口密度だった。
本家からは、族長ラピグゥとその伴侶ユキノ、その母マルマ、長姉レア、長男アスロ、それと11歳の次姉、10歳の末妹、8歳の次兄、3歳の末弟だ。
外来の客人からは、ケラソの家の分家サランとその息子タゥ、ヤジュの家のリマとリズ。ルネーの家のマリアだ。
「祝いの花を捧げたい奴はこっちに持ってきてくれ。下座からは遠かろう」
「じゃあ、あたしだけお邪魔しまーす」
元気な声で黄色い花を差し出してきたのは、もちろんマリアである。それを受け取ったタゥは、密かに胸を高鳴らせる事になった。この誕生の日に指先を赤く染め上げたマリアに会えて、とても嬉しかった為だ。
「16歳の誕生の日、おめでとう。タゥが健やかに一年を過ごせるように花を贈ります」
「何だ、マリアが畏まってるなんて、珍しいな。ともかく、祝福をありがとう」
「そりゃあ、今日位はね! さぁ、ご馳走を食べよー!」
「本家の分とサランの花は花束にしてあるからな! 帰りまでこちらで預かろう!」
族長ラピグゥは狩りの時は大変恐ろしいが、普段は陽気な男である。ユキノに配膳された汁物料理を口にするなり、たちまち破顔したラピグゥは、レアを見ながらタゥに話しかけてきた。
「今日の汁物料理は一段と美味いぞ! レアが指を真っ赤にして摘んできたのはホプマの実だったのだな!」
「はい……。客人も皆で手分けして収穫致しました……。サランからタゥの好物を聞いて、本日の献立を決めたのです……」
タゥも汁物料理の味を確認してみると、ごろごろと野菜がたっぷり入ったシチューに、ホプマの実が赤く彩りを添えていた。
祝い事でも5粒前後がせいぜいのホプマの実が、軽く10粒以上入っている。ホプマの実は酸味が強いが煮込むと甘味が強くなる。ぷちぷちとした食感も相まって、得も言われぬ美味しさだ。
「レア、リマとリズ、そしてマリア。今日はありがとう。とっても美味しいよ」
「えっへん! 皆で頑張った結果だよ! タゥが喜んでくれて良かったー!」
「今日のお肉はぜーんぶ背中の肉だからね。タゥの好きなものばっかり取り揃えているから、安心していーっぱい食べてね!」
「ああ。背中の肉の揚げ焼きと、ルッケの揚げ物まであるな。揚げ物はたまの贅沢だが、これはチーズも入っているんだな。宴に相応しい豪華さで、どれを食べても美味くてたまらないよ」
「そりゃあ、タゥの為の献立だもん! 焼き物料理も野菜たっぷりで美味しいよ!」
リマとリズがはやし立て、マリアもそれに追従する。タゥも酒が進んだし、食事も遠慮なくおかわりして食べた。やはりパン焼きの名人と名高いユキノのパンは、最高に美味しくて、いつもより多く食べてしまった。
ここ数年でここまで心が満たされた事はなかった。タゥは、絶大なる満足感を抱きながら、夜が更けていくのをゆるりと見送った。
大体食事が尽きた頃、サランの取り仕切りで見合いの話が取り沙汰された。
タゥもリマ達も、望む所であったので、ぐっと身を乗り出す。
サランは静かな声で語り始めた。
「まず、見合いは親と親が承認して初めて実行に移される。今日の祝福が終わった後、明日以降に各家に打診をする事になると思う。今日来てもらったヤジュの家とルネーの家も、同様だ。そして、今日来られなかった遠方の家からも、見合いを希望する声があがっている」
「それだけタゥが注目されてるって事ですねぇ。昔は遠方との見合いなんて中々実現しなかったものですよ」
ユキノの声に、その義母マルマが反応した。
「人気のある男ってのは罪なもんだよ。でも、何人と見合いをしたかって言うのは、後々自信にもなるからね。サラン、こんなに立派な息子なんだから、見合い期間は長く取るべきだと思うよ……」
「マルマ母さんの言うとおり、見合い期間は長く取るつもりだ。期間が長いとなかなか嫁が決まらないが、17歳までに決まれば良かろう。たくさん見合い相手を見繕ってやるから、楽しみにしてろ、タゥ」
「はい、父さん」
タゥは父サランを世界中の誰より尊敬している。よって、心から安心して将来を委ねる事が出来た。
「ねえ、ケラソの家のサラン。あたし達は近所だからって、あんまり後回しにしないでよ?」
そう言ったのは、マリアだ。主張の激しい胸元を腕組みして、なにやら思案の構えである。
「ああ、わかっている。近所の家に関しては、初めと最後、合計二回、見合いをしてもらおうと考えている。ヤジュの家は双子を一人ずつ、別々の日に執り行うつもりだ」
「あたし達が別れて行動するのって、珍しいよね、お姉ちゃん」
「そうね、リズ。私は見合いも一緒の日に行われそうだなーって思ってたんだけど、別々の日にしてくれるんなら、ありがたい限りじゃない?」
「うん! 楽しみだねー! タゥの事は父さんと母さんにも言ってあるし、あとは待つばかりだね!」
リマとリズが、幸福そうに微笑んでいる。
それを見やって、父サランもゆったりと微笑んでいたのだが、そこにラピグゥが茶々を入れてきた。
「ところで、うちのレアは見合い候補に入ってないのだろうか?」
「……え?」
それは意想外の申し出であり、タゥは本気でびっくりしてしまった。レアの名は知っているが、本当にあまり会ったことがなく、馴染みの薄い相手であったのだ。
「ほう。レアはタゥとの見合いを望むのか?」
冷静なサランがそう問いかけると、レアは色白な頬を朱に染めて、小さく「はい……」と答えた。
「やっぱりな! 月に二度は伏せってしまうお前が今日はやけに張り切っているから、俺はピンと来たのだ!」
「と、父さん……」
「おおレアよ。今日のお前はいつになく嬉しそうだ! 今日ばかりは、父の偉大さが理解出来たであろう?」
ラピグゥはどこまでも陽気であった。
レアは嬉しそうに微笑むだけで、あえて何も語らなかった。ただその真っ赤な指先を気恥ずかしそうにすりあわせるばかりであった。
はっきり言って、タゥは気が進まなかった。
まったく望みのない相手は、あらかじめ断るべきなのではないか。
そんな厳しい考えが浮かぶほど、レアの儚げな姿は、タゥの興味を全く引いてはくれなかった。
ただ、父サランがすぐに頷いていた為、タゥが口を挟む隙間はなかった。
「見合いの期日については、約定通り明日以降に決めさせていただく。明日改めて伺おう」
「わかりました。レアは年上だけど、見合いが初めてですので、どうぞよしなにね。この娘は器量はいいのに身体が弱くってねぇ。こう見えて気丈な子だから、意外に合うかも知れないよ。いやぁ、タゥみたいな男前と見合いだなんて、めでたいこったね!」
ユキノは娘の晴れ舞台を心から楽しみにしているようだった。
まぁ、他の見知らぬ娘との見合いだって控えているのだ。好みではないと言ってもレアばかりを嫌がるわけにもいかないだろう。
どっちみち、嫁は一人しか選べないのだ。
今の所、タゥの心はほぼ決まっている。
ただ、今の自分の抱える気持ちが恋情かどうか覚束なく、すぐに嫁取りを願っていいものか判じかねている為だった。
一生に一度の婚礼の儀の為に、明日からは懸命に力を尽くす所存である。
タゥは族長に目をかけられる程の、将来有望な狩人であり、たくさんの娘に見合いを望まれる位、男前である。
本日、その自覚を再確認したタゥは、幸福な明日の夢想に捕らわれながら、家に帰ることが出来た。返す返すも、最高の誕生の日であった事に疑いはない。
よって、その運命が暗転したのは、翌日の事である。
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