宴準備

「ふむふむ。それは恐らく北寄りの家の狩人であろう。俺の連絡網でもういっぺん告知をしておくから、心配無用だ。後、他には何があった?」


「ナターシャっていう新しい娼婦に会ったよ。娼婦を買うときはジャックに相談しろってさ。それと、貴金属屋のソニアの親父さんが、ふた月も帰ってきてないらしい」


「ふむ? ソニアは新しき娼婦の名前ではないのか?」


「ええ? キリクも知ってるだろう。だぶだぶのズボンをはいた、貴金属を売っている娘さ。あの愛想のない様子だと、娼婦を始めたってわけじゃなさそうだったよ」


「2ヶ月父親が戻らず、生活に不安がでた故の所行だと聞いているから恐らく同一人物だ。ダイの家のヤッハがそう聞いて、値段を提示されている。なるほど、初売りだけなのやもしれんな」


「ええー……。友人が知らぬ間に娼婦になってるなんて、町ってやっぱり怖いところだなぁ」


「これから見合い三昧のタゥには必要のない情報でもあるな! しかし、参考になったぞ! あとついでに、南の端にあるタリマの家のランを知っていようか? 大変色っぽい御仁であるぞ!」


 タリマの家のラン。それは過日、キーヤが未婚である時分に、色っぽい娘の象徴として名を上げていた娘である。どうも聞く限り、くにゃくにゃとしていて、タゥの好みとは合わないと思った覚えがある。


「名前だけなら知っている。会ったことはない」


「ラン殿は二児の母であり、家を離れられんが、相談ならばいつでも聞くと申されていたぞ! 近所の年頃の娘がタゥの見合いに乗り気であった故、気になったとのことだ! ラン殿は23歳であるから、相談するのに若すぎる事もあるまい?」


「それは……ありがとう。いずれ伺わせて頂きたい」


「了解した! では、こんな所で帰らせて頂こう!」


 キリクは持参した帳面に何事かを書き付けると、丁寧にそれをしまった。慌ただしくラプカに跨がり、帰って行くキリクを見送って、昼食を作り始めた。

 献立は簡単な野菜炒めである。イプンとリュマと多めのルッケに背中の肉を合わせて、ピリ辛なダロを加えて炒めた一品である。

 パンは作り置きのものだが、十二分に美味しかった。やはりルッケがほくほくしていて、好みに合う。手早く食べ終えると、簡単に後片付けをして身支度を整える。


 中天になり、森に向かう。キーヤとアスロと落ち合って、森に踏みいる。今日もそれなりの覚悟を胸に、ウスルス狩りを行うのだ。


     ◇


 今日の狩りで最も苦労したのは、アスロが木に登ってる最中に、腹を空かせたウスルスと遭遇した事だ。ウスルスは臆病な為、人間の気配を察知すると、逃げ去っていく。しかし、腹を空かせたウスルスは、人間に真っ向から向かってくるのだ。


 アスロが危険だと察知したタゥは、すかさず草笛を吹いて、ウスルスの眼下に躍り出た。そして二刀流の剣技でもって、ウスルスの頸動脈を断ち切って見せたのである。


「ハァハァハァ………、やったか」


「おーい、タゥ、無事か?!」


「ああ。……アスロは、ゆっくり降りてきてくれ」


「お、俺は何にも出来なくて、ご、ごめん」


「何言ってるんだアスロ。追いこみの仕事は頑張っているじゃないか。俺達三人、怪我なく収穫を上げているんだから、これ以上の事はないだろう? それに、皮剥ぎはアスロが一番上手いじゃないか」


「キーヤの言うとおりだ。それに今日は二頭も仕留めたからな。まだ日は高いが、十分だ。今夜は宴だし、華々しく凱旋するとしよう」


「そりゃいいな。じゃあ今日も出迎えの娘っ子に、笑顔を届けてやろう」


 そんなわけで、アスロが一頭、キーヤとタゥで一頭を運び、森の入り口にある、解体小屋に向かった。出迎えの娘達に笑顔で迎えられるのは、毎日の事ながら幸せなことである。


 解体小屋が空いていたので、手早く解体する。これだけの重量を持つウスルスの皮剥ぎは一苦労なのだが、アスロが気合いを入れて行ったため、思ったより短時間で済んだ。


 今日のタゥの分け前は、一頭丸ごと全部だ。臓物は今日の宴で使ってもらう事にして、一頭分の肉をリュックに詰め込み、毛皮と角と牙を抱えて家に帰る事になった。


 本日、出迎えしてくれたのは、ヤジュの家のリマとリズと、ルネーの家のマリア、ケラソの家の長姉レアである。

 ケラソの名が示すとおり、レアはまさしく族長の娘であり、アスロの姉である。族長と同じ朱色の髪に、母譲りの焦げ茶色の瞳。髪は左右に垂らして三つ編みに括っていた。年は17歳、少々身体が弱い為、あまり顔を合わせたことがない。

 一見してレアだとわかったのは、その鮮やかな朱色の髪のおかげであり、それ以外は弱々しい印象しかない、馴染みの薄い相手であった。

 しかし、タゥも序列を意識して、まずレアに声をかける事にした。


「やぁ、レア。今日は外に出ていても大丈夫なのかい?」


「はい……。今日も皆様無事で何よりでございます……。アスロから聞きましたが、危ういところをお助けいただいたそうで……本当にありがとうございました……」


「いや、当たり前の事をしただけで、礼には及ばない」


 そしてやっと、ずっと仏頂面で待っていたリマとリズに声をかけることが出来た。


「待たせたな、リマ、リズ」


「お帰り、タゥ! 今日もずっと待ってたよ!」


 赤い瞳が美しい、満面の笑みが輝くリマとリズである。

 タゥが帰ってきただけで、これだけ喜んで貰えるなら、感無量といった所だった。

 ヤジュの家の双子は本日も生命力に満ち溢れており、可愛らしいことこの上なかった。


 そして、マリアは完熟したホプマの実をたおやかな指先で収穫しながら、満面の笑顔を届けてくれた。


「お疲れ様、タゥ! 今日は宴のシチューに、ホプマの実をたっぷり入れてあげるからね!」


「それは美味そうだな。しかし、完熟したホプマの実はすぐに潰れて指先が真っ赤になってしまおう?」


「数日経てば落ちるんだしさ。今日の出迎え組はみんな指が真っ赤だよ。だから、心して食べてよね!」


「それはありがとう。皆に礼を言わなきゃな。今夜の宴がまた一段と楽しみになったよ。俺の好物ばかりで、皆が辟易としなきゃいいな」


「間違いなく美味しいもん。心配いらないってば。それじゃあ、またあとでねー」


 マリア達と少しお喋りをした後、タゥは帰路に着いた。

 家に到着して、辺りは薄闇に包まれている。

 今日は日没時に本家に来るべしと言いつけられているので、まだ少し時間がある。

 タゥは、アカネの実の酒で喉を潤しながら、じっくりと期を待つことにした。


 時間が流れて、日没である。

 本家は一階建てで、横に広く大きな作りになっている。タゥの父サランは若い頃に家を分けているため、あまり立ち寄る機会がなかった場所だ。

 ちなみにレアもアスロは家を分けておらず、本家暮らしである。


 かがり火に照らされた玄関に赴き、戸板をノックした。


「ケラソの家、サランの息子タゥである。誕生の日祝いにやってきた!」


 すると戸板が横開きに開き、戸板の向こうから現れたのは長姉レアであった。


「いらっしゃい、タゥ。……まずは父のところへ案内するわ……」


 レアの後ろについていき、土間を踏み越え廊下を部屋三つ分歩いたところで、戸が開かれる。そこは広い居間になっており、家人がそれぞれの席に座していた。


 上座に座している朱色の髪の大男が、族長ラピグゥだ。ケラソ族の紋様を刻んだ朱色の袖無しの上衣を纏っている。勇猛な顔つきにたっぷりとしたあごひげが大変良く似合っている。


 ラピグゥはタゥに気付くと、その大きな手で手招きをしてタゥを呼び寄せた。


「タゥよ。今アスロから今日の狩りの様子を聞いていたところだ! お前の二刀流の前には、腹を空かせたウスルスも敵ではなかったようだな!」


 タゥは父サランの横に腰掛けながら、ラピグゥの期待に応えるべく、今日討ち取ったウスルスとの激闘を語って見せた。


 料理は端から配膳されてゆき、芳しい香りが立ちのぼっている。宴の開始はもう目前で、タゥはラピグゥに褒められて上機嫌だ。ついでに、参席者のリマとリズ、マリアが下座に座したため、いっそう場が華やいだ。

 楽しみにしていた16歳の誕生の日祝いは、力強い生命力のうねりと共に開始されようとしていた。

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