第11話 愛犬
OLをしているSさんは数年前まで犬を飼っていた。
元気な中型犬で良くなついていたが、ちょっとした不注意から車に轢かれて死んでしまった。
散歩中に自分の責任で死なせてしまった事もあってかなり落ち込んだ。
生前に遊んでいた玩具を見ると、元気に遊ぶ姿を思い出して涙が出たりした。
そんなある日のこと。
仕事の残業で帰りの時間がいつもより遅くなってしまった。
最寄り駅で電車を降りて歩いていると、後ろからついてくるような足音がする。
Sさんが立ち止まると、その足音もピタリと止まった。
なんだか気味が悪くなって、少し急いで駆け出した。
すると後ろの足音も追いかけてくるように駆け足になった。
家の近くの公園まで来たところで、後ろから追いついてきた男にギュっと腕を掴まれた。
キャップを被りジャンパーを着た中年らしい男だった。
怯えるSさんをジロジロと舐めるように見ながら、身体のあちこちを撫でまわしてきた。
(痴漢だ…)と頭で分かってはいても、足が震えてしまって逃げられないでいた。
男の酒臭い吐息が顔にかけられて、思わず吐き気がした。
チャリチャリチャリ…
どこかから聞き覚えのある音が聞こえてきた。
それは公園の入り口のほうからこちらへ向かって近づいてくる。
男の行為が次第にエスカレートして、スカートを捲り上げて中に手を突っ込もうとしていたその時だった。
「バウバウバウッ!」
たしかに聞き覚えのある鳴き声が近くで響いた。
「ヒィッ!」と悲鳴をあげて男は向こうへ逃げていったという。
Sさんは家まで駆け足で帰ると、玄関の鍵を閉めた瞬間ホッとして床にへたり込んだ。
あの時近づいてきた音は、愛犬が着けていた首輪の鈴の音だった。
あの鳴き声も、確かに聞き慣れた愛犬のものだった。
「ブラウン(愛犬の名前)…ありがとね」
Sさんは涙をこぼしながら、愛犬の写真に向かって手を合わせた。
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