第9話 先生

Nさんがまだ高校生の頃の話。


一人の教師に恋をしていた。


T先生はまだ若いけれど教育熱心な教師だった。


入学した頃は成績があまり良くなかったが、先生に褒めてもらうため勉強を頑張るようになった。


そのおかげか成績は順調に伸びていきクラスのトップ5には入るようになったという。


テストで良い点を取ると、頭をポンポンと優しく撫でてくれるのが大好きだった。


学園ドラマなどで良くある、生徒と教師の恋愛…などとは行かなかったが。


Nさんは密かにT先生のことを健気に想い続けていた。




そんなNさんにとって悲しい出来事があったのは三年生の冬の日。


T先生が病気で急死したという知らせが全校集会で聞かされた。


頭をハンマーで叩かれたようなショックで思わず目まいを起こす程だった。


自分の部屋に帰ったNさんはベッドに寝転がりしばらく泣きじゃくった。


自室の机の引き出しの中には、一通の手紙が入っていた。


いつかT先生に渡そうと思って書いたラブレター…


しかし渡す勇気が出せず、そしてとうとう渡すことはもう叶わなくなってしまった。




それから間もなくして大学受験が始まった。


亡くなる前までずっと受験のことを応援してくれたT先生のためにも…


Nさんは奮闘し、なんとか志望の大学に合格することができた。


「きっとT先生も喜んでくれていると思うよ」


担任の先生の言葉にNさんは涙をにじませながら、頭を下げた。




卒業式を終え、NさんはT先生が眠る墓地へやってきた。


大学受験が終わり卒業するまでは、来るのを控えていた。


お花と、大事に持っていた手紙をT先生のお墓にお供えする。


「先生…大学に受かって無事に卒業したよ。いっぱいいっぱいありがとう…大好きだよ」


手を合わせて、報告と一緒に告白をした。


不意に強い春風が吹いて、桜の花びらが辺り一面に舞い上がった。


花びらが舞う中、まるで蜃気楼のようにT先生が目前に佇んでいた。




思わず手で口を覆い呆然とするNさんの頭をポンポン…


あの大好きだった優しい手が撫でる。


風が止み、桜の花びらがすべて地に落ちる頃にはT先生の姿はもうそこには無かった。


「先生…ありがとう。さようなら……」


NさんはT先生のお墓に向かって小さく手を振った。

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