第7話 親父

Aさんは高校時代に暴走族に入っていた。


まだ幼い頃に父親が亡くなっており、母親の腕ひとつで自由気ままに育ってきた。


学校の教師や警察には何度も注意された。


しかし真剣に聞き入れることもなく、非行の日々に明け暮れていた。


「大人なんて所詮は口だけ。大したことないよ」が口癖だったという。




父親の話は昔から母親に良く聞かされていた。


『昔はかなりヤンチャだった』


『喧嘩がめっぽう強かった』


そんな武勇伝のような話を何度も聞かされていた。


暴走族に憧れたのもその影響だったという。


まだ赤ちゃんである自分を抱っこする父親の写真はなんだかカッコよく見えた。




ある夏の熱帯夜。


溜まりに溜まったエネルギーを発散させるようにバイクを走らせていた。


「おい、サツが来たぞ。さっさとズラかろう」


Aさんは仲間たちと一緒に警察から逃げるようにバイクのスピードを上げた。


(やばい、手元が狂った)


まるでスローモーションのように電信柱が目前に迫ってくるのが分かる。


記憶はそこでプツリと途絶えた。




気がつくと、川を歩いて渡っていた。


川の周りは花畑が広がっており、なんだか幻想的だった。


(俺、なんでこんな所にいるんだろう)


不思議に感じていたが、足は自然とゆっくり進んでいく。


川を渡り終えようかという頃、人影がぼんやりと見えてきた。


(あれって…親父……?)


記憶の片隅に残っている父親の姿がそこにあった。




父親の姿はぼんやりとしていて、表情までは良く分からない。


なんだか笑っているような気もすれば怒っているようにも見えてくる。


「親父……?」


Aさんが言葉を発するのが早いか否か。


身体を父親にガシッと担ぎ上げられた。


そして信じられないような力で川の向こう岸へと放り投げられたのだという。


「うわあああっ」


Aさんが叫びながら目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。




仲間たちに話しても、たぶん信じて貰えないだろうな…とAさんは思った。


あのとき渡っていたのは、世にいう三途の川というものだったのだろうか。


生死の境目をさまよっているところを、父親に現世へと投げ返された。


Aさんにはそうとしか思えなかった。


それから暴走族は潔くやめる事にした。


母親にメチャクチャ泣かれて心が痛んだし、また何かやらかしてあの世へ行こうものなら父親にこっぴどく叱られるような気がしたのだという。


「やっぱ親父ってのは、すごく力強くて…でっかい存在なんだなって」


Aさんは真面目に更生して、無事に就職の道を決めた。

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