第5話 花言葉
Nさんが中学の頃の話。
同じクラスにS子さんという女子がいた。
地味な女の子だったが、Nさんは密かに彼女のことを気にしていた。
ある日の放課後。
Nさんが教室に忘れ物を取りに行くと、S子さんがひとり残っていた。
「S子ちゃん、まだいたんだ」
「あ、Nくん…」
机に座っているS子さんをよく見ると、手に怪我をしているようだ。
「手、どうしたの?」
「あ、これは…ちょっとね」
ちょっと言葉に困っている様子のS子さん。
(そうだ…)と思い付き、お母さんがカバンに入れてくれていた絆創膏を取り出すと、S子さんに手渡した。
「ありがとう…」
S子さんはそっと微笑みながら礼を言った。
その日からからNさんとS子さんは少しずつ会話をするようになった。
なんとなく察してはいた。
どうやらS子さんはクラスでイジメられているようだ。
S子さんの体に増えていく生傷。
ボロボロになっていく私物や教科書。
S子さんの表情も日増しに暗くなっていくのが分かった。
たまに二人で会話をする時も、Nさんは何となく言及し辛かった。
S子さんのほうもイジメの件については触れてこなかった。
放課後の教室。
NさんはS子さんと二人きりで何とはない会話をした。
教室が夕暮れに染まってきて、そろそろ帰ろうかという時。
「Nくん…いつも本当にありがとうね」
別れ際にS子さんはそう言うと、そっと静かに微笑んだ。
休日を挟んだ翌登校日の朝。
S子さんが自殺をしたという事が担任の先生から告げられた。
(死んだ…?S子ちゃんが……)
急なことで涙は不思議と出なかった。
頭から血を抜かれたようにフワフワする。
手足にうまく力が入らない。
そんな感覚をNさんは覚えた。
夕日で朱色に染まった放課後の教室でひとりきり。
ポツンと淋しそうに佇むS子さんの机を眺めていると、ようやく実感がわいてきたのか涙が頬を伝ってくるのが分かる。
Nさんはしばし机にうつ伏しながら泣いた。
ふと気づくと、何か気配がする。
もう黄昏に近くなった薄暗い教室の中、自分以外の誰かの気配。
S子さんの机。
薄くぼんやりと、机に座るS子さんの姿が確かに見えた。
薄暗いうえに、うつむいているS子さんの表情は良く見えなかった。
何だか夢の中にいるようなフワフワした感覚で、NさんはS子さんのそばに近づく。
「S子ちゃん…ごめん。僕、何もできなかったね…」
S子さんは静かに微笑みながらそっと顔を上げる。
そしてスゥッと静かに闇の中へ消えていった。
机の上には一輪の小さな花が残されていた。
後で調べたところによると、その花は勿忘草という花のようで。
花言葉は「私を忘れないで」
(ずっと忘れないよ)
Nさんは固く胸に誓ったのだった。
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