第10話 通りすがりの……冒険者だ

「ミンミンじゃねえか! どーした血相を変えて!」

「リュキが森に行っちゃったの!」

「はあ! なんでまた!?」


 顔見知りらしい妖精の話を聞いて、冒険者のおっさんが大声を上げた。


「クレアの体調が悪くなる一方だからって、薬草を採りに行くって! 止めたんだけど聞かなくて!」


 妖精は身振り手振りを交えて緊急性を訴えている。


「僕のせいかもしれません」


 ラウィードが沈痛な面持ちで口を開いた。


「さっき彼に出会った時に軽はずみで言ってしまったんです。クレアの病を治す薬草が森にあるかもしれないね、って」

「ラウィードのせいじゃねえよ! ったく! バカな真似を! そんなの俺たちに任せりゃいいってのによ! お前ら! リュキを連れ戻しに行くぞ!」

「僕も行きます! 今準備が整っているのは僕でしょうから!」

「助かる! 俺たちも装備を整え次第向かうぜ!」


 ドタバタと慌ただしく俺より先に、他の奴らが出払ってしまった。


「クレアってのは孤児院を運営している女性職員の一人で、リュキはそこで世話になってる坊主で、ミンミンってのはそこの居候いそうろう妖精だ! いいか、ルーキー! 絶対にお前は来るんじゃないぞ! 絶対にな!」


 入り口からひょっこり顔を出した冒険者のおっさんが、最後のチュトーリアルをすませて去っていった。


(行ってしまいましたね)

(そうだな)


 これでようやく外に出られる。

 大騒ぎだったな、本当に。


「おやまあ……見ない顔だねえ……。冒険者登録に来たのかい?」


 奥から代わりの受付婆さんが現れた。


「いえ、もう済んだので。失礼します」


 中にいると永遠にチュートリアル空間に囚われそうだったので外に出る。

 入り口横にはさっきの受付嬢が腰を下ろし、ラウィードが狩ったニードルプレートボアの鑑定している。


 リナバルジオ大森林に生息しているニードルプレートボアより小さい個体だ。

 とはいえ、人間の大人くらいの大きさはある。

 街付近に現れたら十分驚異だ。


「ラウィードさんはAランク、他の三人もBランクなので心配はいりません。リュキを見つけて、全員で無事に帰ってきますから。もし受けたいクエストがあれば、お婆ちゃんに申請してくださいね」


 俺が不安がってると思ったのか、受付嬢が微笑んで言った。

 決して強がりじゃなく、四人を信頼している口ぶりだ。


「そうさせてもらいます」


 素直に頷いておく。

 表向きは駆け出し初心者の俺が助けに行くわけにもいかない。


 四人もいれば、リュキって言う子どもを見つけられるだろう。

 土地勘は初見の俺と違って、十分にあるのだから。


 そもそもマッシブロッコリー・ゴーレムキングに遭遇するかも分からないしな。


(契約者。最後に入ってきたラウィードとか言う冒険者。妙にイラッとしませんでしたか? 感覚的……本能的な嫌悪感というか)


 アラクネが俺が感じていたことを言い出した。


よどんだ魔力のようなものを感じました)


 そして、より明確に言語化してくれた。


(そういう事情なら、少しばかり心当たりがある。放って散歩ってわけにも……行かないか。様子見に行くが、いいか?)

(構いません。苛立ちを解消しないとぐっすり眠れませんからね)


 右を見て、左を見て、空を見上げる。


(で、あいつらが行った森ってどっちだ?)


 受付嬢にラウィードたちがどっちに行った? と聞くのもおかしな話だし、そもそも教えてはくれないだろう。


(契約者。私に策があります。ラウィードに糸をつけておきました。気配を辿るのは容易です。共有しておきましょう)


 アラクネがそう言うと、紫色に発光する糸が左側の方に伸びている。

 実際に存在しているわけではなく、手では触れようとしても通り抜けてしまう。

 気配の方角を糸として表現しているみたいだ。


(助かる。あとはバレないようにする必要があるな)

(契約者。それについても心配はいりません。私に策があります)

(何から何まで助かる。ありがとな、アラクネ)


 策を練るのは俺よりアラクネの方が得意なので、基本的に任せていいな。


(ええ、存分に感謝していいのですよ。私は神獣第十二柱――神蜘のアラクネなのですから)


 脳内にやけに響き渡る誇張ボイスを聞きながら、ラウィードたちの後を追い始めた。


 ◆


「逃げろぉ……! 坊主……!」


 森の中に冒険者のおっさんたちの弱々しい声が発せられた。

 あれだけいい筋肉をしていたおっさんたちが、見るも無惨なガリガリのしわしわな老いぼれみたいになって倒れ伏している。


「リュキ立ってー! 立って立って立ってってばー! 逃げないと養分にされちゃうよー!」

「あ……あ……」


 尻餅をついた男の子の手を妖精が引っ張るが、びくともしない。

 それも当然だ。


 目の前には大木よりも太く、ぶ厚いマッチョなゴーレム――マッシブロッコリー・ゴーレムキングが地響きを鳴らして近づいているのだから。


「あ、あっち行きなさいよー! あたしたちみたいなはじめからガリガリコンビなんて養分にならないのー! 【パワーウィンド】!」


 妖精が手を前にだして風魔法を放つが、マッシブロッコリー・ゴーレムキングにはただのそよ風だ。


「こっちに来ないでったら! 変態ブロッコリーマッチョ!」


 このままだと全滅だ。

 それから乱入しても大丈夫そうだが。

 命まではとらないだろうし、気絶してからのが動きやすい。


(……契約者。どうします?)


 少し不満げな声でアラクネが催促してくる。

 分かってるよ、間に合ったのなら出ていくさ。


 マッシブロッコリー・ゴーレムキングと男の子たちの間に割って入る。


「え!? だ、誰なの!?」


 妖精たちの方を肩越しに見る。


「へ、変質者……なの!?」


 妖精がそう思っても仕方がない格好かもしれないが。


「違う。変質者じゃない」

(この羽虫。私謹製の戦装束をバカにしましたよね? 契約者、こいつだけは養分にさせていいですよ)


 それを仕立てた神獣様の沸点は限りなく、低い。


 俺が着ている紫色のローブには金色の刺繍ししゅうほどこされ、背中にはアラクネの象徴である蜘蛛の紋章がデカデカと彩られている。


 最初に着ていたローブがとても質素な服装に思えてしまう。


「変質者じゃないのなら不審者なの!?」

「不審者でもない」


 顔はフードと仮面で隠してあるし、アラクネお手製の変声機能付きなので声ももった感じだ。


 今はまだ神獣代行者やアラクネの存在は伏せておきたい……いや、背中の紋章でバレバレな気がするが。

 名乗りはまだ早い感じで……むしろ、堂々とした派手さが逆に記憶を吹っ飛ばすインパクトになるのを期待して……期待、して。


 だから悲しいかな、変質者で不審者扱いされても仕方がない。


所詮しょせんは厚化粧蝶の眷属。この繊細且つ大胆な手法によって編み出された荘厳そうごん絢爛けんらんの融合の象徴が理解できませんか)


 神獣は神様の次に偉い世界観だし、自己顕示欲はあって当然だし、派手に存在を誇示してなにが悪いって主義だ。


 もっと方針や価値観について互いに話し、理解を深める必要があった。

 報連相って大事だよな、って身をもって痛感する。


 完成品をウキウキで披露するアラクネを見たら、とてもじゃないが作り直せとは言えなかった。

 言ったら、お前も養分になれと絶対に言われる。


 ともかくだ。

 アラクネに任せた以上、文句は口に出さない。

 だから今はありきたりのセリフをゴリ押す。


「通りすがりの……冒険者だ」

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