第9話 妙にイラッとした
壁に立てかけられたクエストボードには、依頼の紙が多く張られている。
目を引くのはど真ん中に張られた魔物の討伐依頼ではなく、危険や接触禁止だのと注意書きが記された警告書。
「ルーキーよ、こいつはマッシブロッコリー・ゴーレムキング。討伐難度Sランク認定の特別危険指定魔物だ」
冒険者のおっさんがまた親切に説明してくれるが、これは知っていた。
警告書にはブロッコリーの王冠を
ギャグみたいな姿だが、Sランク冒険者でようやく相手になる魔物というわけだ。
〈神獣戦争のレジェンディア〉にもあったな、メインストーリーとは関係ないやり込み要素の魔物討伐クエスト。
「いいか? 分かっていると思うが、絶対に挑むんじゃないぞ? 絶対にだぞ」
「そうですね。見かけても近づかないようにします」
「それだけじゃ駄目だ。全力で逃げろ」
さっきまで豪快に笑っていたおっさんたちの顔が引き締まった。
「そんなに凶暴な魔物なんですか……?」
「今は、特にな。以前は違ったんだが、魔物だろうが人だろうが襲い始めて、生命力を奪ってどんどん強くなっている。もう何人もの腕利き冒険者がしおしおにされて診療所行きだぜ。回復魔法も効き目なしだ」
「それは、怖いですね。みなさん早く回復するといいですね」
おかしいな。
確かに強力な野良ボスだが、基本的に専守防衛。正々堂々の真っ向勝負を挑んでくる魔物。近づかなければ平気な相手だった。
決して暴れ回るような魔物じゃなかったはずだ。
やっぱり原作に忠実みたいなことはないんだろう。
そりゃ今目の前にいる奴らも含めて、世界中の行動パターンなんか決められるわけがない。
俺自身が既に好き勝手にやってるしな。
「ありがとよ。キングが
クラウンブロッコリー……討伐した時のドロップアイテムの一つがそんな名前だった。
基礎ステータスを全て10上げる食べ物。
今は食べたところで目に見えてステータスがあがるわけじゃないが、食べればいい感じに栄養が得られて鍛えられるんじゃないか?
こっそり討伐してみるのもありかもしれないな。
冒険者家業に身を
最低限の身分が欲しかっただけだからな。
「なもんで、首都の本部に掛け合ってSランク冒険者なりを手配してもらうよう交渉中だ。いつ返事が帰ってくるか分からんが――」
「ただいま戻りました」
話を聞き終わったら外に出ようと思っていると、また一人冒険者の男が入ってきた。
軽装の冒険者のおっさんたちと違って、完全武装の鎧姿。
全身高そうな装備で固めている。
俺より少し年上、二十歳くらいかな。
「まあ、ラウィードさん! お帰りなさい!」
受付嬢のテンションがあからさまに上がった。
「近場に出没したニードルプレートボアを討伐しておきました。外に運んでおいたので、解体の手続きをお願いできますか?」
「ありがとうございます! すぐに手配しますね!」
受付嬢がスキップで外に確認しに行ってしまった。
「もしかして彼が?」
Sランクの実力があるようには感じられないが、冒険者のおっさんたちならなんでも答えてくれるので確認しておこう。
「いや、違う……といっても、あいつが今のゾナフィマを支えなのは間違いない。ゾナフィマ領主であるラズベ家の三男坊様でな」
「一ヶ月前はお前さんと同じひよっこパープルプレートのルーキーで、あと一日遅れたらトイレにこもる予定だったんだぜ」
「それが今じゃAランクのブラックプレート。ゾナフィマで最速の昇格スピードを記録した有望株だ」
なるほど、それは受付嬢もスキップで駆け出すわけだ。
しかし、そのラウィードより冒険者のおっさんたちの方が強そうだと感じてしまう。
いい筋肉による見た目のインパクトのせいか?
「あれ? 珍しいですね。冒険者志望の子ですか?」
冒険者のおっさんたちが大声で話していれば、当然ラウィードの耳にも入るので俺たちの方に歩み寄ってきた。
「おう! こいつも前途有望なルーキーだぜ! 今しがた登録を済ませたところだ!」
「そうなんですね。僕はラズベ・ラウィード。よろしくね」
気さくな笑顔で手を差し伸べられては、応じるしかない。
今の俺はパープルプレートの初心者冒険者なのだから。
握手を交わし――なぜだか知らないが、妙にイラッとしてしまった。
「……どうかした?」
「あ。いえ、なんでもありません。よろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
しかめっ面をすぐに愛想笑いに切り替える。
こういう演技も今のうちに練習しておかないとな。
「マッシブロッコリー・ゴーレムキングの話をしてたからな。ブルって緊張しちまったんじゃねえのか?」
「あはは……そうかもしれません」
ここは冒険者のおっさんのノリに乗らせてもらおう。
「大変な時期に冒険者になってしまったね。今は森に入るのも危険だから、昇格するためにクエストをこなすのも一苦労だよね。僕らがマッシブロッコリー・ゴーレムキングを討伐できればいいんだけど」
「ラウィードの実力は分かるが、無茶はするなよ」
「分かっていますよ。さすがに僕でもマッシブロッコリー・キングゴーレムの相手はとても、とても。AランクとSランクの実力差は想像以上ですから」
談笑ムードで盛り上がっている。
外に出るタイミングを完全に脱してしまったが、そろそろ別の場所も見て回りたい。
ここは【秘技お腹の調子が】で押し切るべきか……?
「たいへんたいへんたいへーんなの!」
次から次へとやってくるな。
本当に帰るタイミングがない。
もうチュートリアルイベントはいらないんだが、と思って入り口を見ても誰もいない……いや、小さな存在が飛んでいる。
手の平サイズの少女に蝶みたいな羽が生えている――妖精だ。
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