第8話 地味に嫌な脅し方

「冒険者登録と換金をお願いします」


 フードを外し、普通の初心者感を出すため、口調を変える。


「冒険者登録ですね。では、こちらの用紙に必要事項をお書きください」


 受付嬢は特に勘ぐることもなく、用紙とペンを差し出した。


 冒険者と言えばロマンの塊に聞こえるが、実情はクエストボードに掲示された依頼をこなして路銀を稼ぐ労働者みたいなものだ。


 担保は自分の命、やらかしても自己責任。

 クエストをこなして信頼を獲得すれば、ある程度の立場は保証してくれるが、ここに居着く気がない俺には関係ない話だ。


 用紙は小さく、筆記事項は多くない。

 名前と出身地、年齢、身分。得意な武器、特技、得意魔法。


 現状書ける部分は名前のイサナ・レグナントに、年齢の十五歳。あとは得意武器……とりえあず剣でいいか。

 空白だらけの用紙を提出する。


 書けない部分も、書いた文字さえそいつの情報になる。

 登録自体は簡単にできると思っていたが、受付嬢が困り顔になった。


「申し訳ありません。出身地の記載がありませんが……秘匿ひとくということでよろしいですか?」

「孤児で物心ついた頃に、旅の冒険者様に拾われまして。生まれ故郷は知らないんです。各地を転々としていましたから、育った故郷もないに等しく。書きたくても、書けないんです」


 あえて暗い表情を作り、事前に考えたセリフを言う。

 実際、間違っていないしな。


「それは、辛い出来事でしたね。しかし……綺麗なエシア文字です。そして、上質なローブ。いい冒険者に会えたのですね」


 共通言語としてエシア語が主流になっているが、脳内で勝手に日本語訳になって理解できるので助かる。


 これもある意味【言語翻訳】のスキルと言うか、原作ゲームに引っ張られてるからかもしれない。〈神獣戦争のレジェンディア〉は日本のメーカーが開発だしな。


 エシア文字も普通に書ける。

 教わったのはいい冒険者様じゃないので、感謝するつもりはないが。


(ほう。この女性はいい審美眼しんびがんをしていますね。褒美にこれを授けましょう。契約者、袋の中にハンカチーフを編んでおきました)

(ポケットティッシュ感覚で配って布教をしないでくれ。いきなりプレゼントとか困るだろ)


 アラクネは俺をナンパ野郎にしたいのか。


「本当にそう思います。自分もかの冒険者様に追いつくべく、同じ道に進もうと決めました。その選別にこれを頂きました」


 アラクネお手製のハンカチーフは出さずに、袋から棘と外皮を一つずつテーブルに置いて見せる。


「ニードルプレートボアの素材……ですか? その冒険者様一人で狩ったのですか?」

「えっと、はい。さすがに自分は危険だと言われ、遠巻きに見守るだけでした」

「なるほど。本当にいい冒険者に出会えたのですね。手続きをしてきますので、しばらくお待ちください」


 受付嬢が奥に引っ込むと、背後から複数の気配を感じて振り返る。

 屈強な冒険者のおっさんたちが俺に歩み寄り、剣呑な雰囲気を放っている。


 これは定番の新人いびりか……?


「ニードルプレートボアと言やあ、Aランクでようやく。Bランク冒険者が数人ががかりでやっと倒せる魔物だぜ。本当に強いんだな、お前さんのお師匠さんは」

「その年で冒険者をこころざすとは見上げたもんだ。この街で冒険者を志そうなんて大バカ者は少ねえからな」

「孤児で、故郷もなし! 若いのに苦労してきたんだなって顔を見れば分かるぜ! 色々と辛い道のりになるだろうが、心配はいらねえ! なぜならば! 今日からここがお前さんのホームだからな!」


 キレキレのポージングを決める冒険者のおっさんトリオ。


「……ありがとうございます」


 勝手に故郷認定されても困るが、下手に断って揉めるのも面倒だし。

 好きにポージングさせておこう。


(暑苦しい奴らですね。黙らせた方がいいのでは? 暑苦しいのは一人で十分です)


 さっきまでご機嫌だったアラクネが、苛立った声を俺の脳内に響かせる。

 ん? もしかしてその一人って俺のこと?


「お待たせしました」


 問いただす前に、トレイを持った受付嬢が戻ってきた。

 トレイには金貨が一枚とタグみたいな紫色の木製プレートが載っている。


「ありがとうございます」


 金貨をしまい、パープルプレートを受け取る。

 パープルプレートは冒険者の実力を示すランクの中で最低のGランクで、駆け出し初心者の証。


 塗装に色むらがあって一塗りだけしました感が強いのは、すぐに用済みになりやすいからだろう。


「冒険者の世話になっていたなら知ってると思うが、忠告しておくぜ」


 好きにポージングさせた結果、冒険者のおっさんたちがチュートリアルモードに入ってしまった。


「一月でパープルプレートから抜け出さないと、過ぎた日数分腹痛でトイレに閉じこもるはめになるから気をつけろよ」

「冒険者のランクは知っていましたけど、腹痛ってくだりは初耳です」


 本当に初耳だ。


「俺たち冒険者の語り歌さ。プレートカラーは何柱かの神獣様たちのイメージカラーをお借りしている。もちろんSランクのホワイトプレートは神竜しんりゅうのバハムート様だ」

「じゃあ、Gランクのパープルプレートは……アラクネでしたっけ?」

「初耳って割には知ってるじゃねえか! 予習は完璧みたいだな! 神蜘しんくのアラクネは300年前に世界中の王様たちに毒を盛って、トイレに監禁したって言い伝えられている! その伝説に基づいて作られたってわけだ!」

(と、言っているが、実際やったのか?)


 ご本人様がいるので確認してみる。


(ええ。ちょっと世界の王侯貴族に三日ほどトイレにこもるレベルの腹痛になる毒を盛っただけです。ただの警告ですよ。真っ当に国を導かねばどうなるか、次はない、と)

(……それは封印されるわけだ)


 三日とは言え、世界中の行政を麻痺させてしまったわけだし、やろうと思えば殺せたわけだし。


(若気の至りというやつですね。当時の私は神獣の中で一番の若輩者でしたから、勇み脚が過ぎました。ですが、結果として畏怖いふ象徴しょうちょうとされているのなら悪い気はしません)


 300年封印されても反省はしていないらしい。

 それどころか誇らしげで、喜んでいる節さえある。


「だからこそ、初心者を卒業した暁にはパープルプレートを踏みつけるのが通過儀礼だぜ! お前は用済み! アラクネなんて魔物共々怖くねえ! 我、偉大なる一歩を踏み出したりってな!」

(は?)


 冒険者のおっさんの不適切発言に、アラクネの機嫌がまた悪くなった。


「ルーキーよ! この街でランクアップした時は遠慮なく呼んでくれていいぜ! 偉大なる一歩を一緒に祝おうじゃねえか!」


 いい笑顔を浮かべる冒険者のおっさんたち。


(契約者。今すぐこいつらに毒をもって三日三晩トイレにぶち込んでいいですか?)

(頼むからやめてくれ)


 俺と出会った時の盛られた毒を考えれば、かなり優しいんだろうが。

 基本的にトイレにこもる毒なのはアラクネの得意な脅し方のなのか?


 まあ、俺も三日三晩のトイレ防衛の方が地味に嫌かもしれない。

 300年前の生活様式は知らないが、トイレ事情は今より悪いだろうしな。


 本当に封印ですまされるだけでよかったな、アラクネ。


「機会があれば……」


 こればかりは愛想笑いを素でするしかなかった。


「これくらいで恥ずかしがってちゃ冒険者としては生きていけないぞー! 冒険者は図太く強靱に、だ!」


 ガッハッハッハッ! とのんきに笑う冒険者のおっさんたち。

 冒険者のおっさんたちにしてみれば冗談のつもりなんだろうが、俺がやったら踏み絵にも等しい行為になる。


 今も円形脱毛症にされていないか心配なくらいだ。

 そうならないように早めに出た方がよさそうだが、クエストボードを見るふりくらいはしておこう。


 変に怪しまれても嫌だし、呼び止められて話を聞き終わるまで逃げられそうにないし。


 興味ないね、とっと失せろ、話が長い、とか。


 度胸MAXの二周目専用選択肢を選べる立場じゃない。

 今の俺は偉大なる一歩を踏み出す前のルーキーだからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る