第7話 いい、筋肉だ

 食事を終え、束の間の休憩時間。

 ゆらゆらと燃える焚き火を見ているだけなのに、不思議と今日の疲れが癒えていく。


「およそ一月。この大森林を探索しましたが、広大です。人の手も入っておらず自然豊か。生き物にとっては最高の環境です。……なのに、嫌な気分になります」


 アラクネは苛立った声で地面を見た。


「まあ、そうだろうな」


 なにせ、この地下にはお約束の裏ボスが封印されているのだから。

 アラクネが原作ゲームの表シナリオで封印を解かれたヤバい奴なら、それ以上にヤバい奴というわけだ。


 だから大森林には人避けの結界――神獣や神獣代行者以外は入れないようになっている。


「……なにか知っているような口ぶりですね。しかし孤児で、長年研究施設にいたにしては博識ですよね? あそこで学んだのですか?」


 アラクネもこの一ヶ月で俺のことも見極めてきたのだろう。


 八つの眼で。

 疑いの眼差しを向けてきている。

 そろそろ話してもいいのだろうか。

 いや、俺も知りたいのかもしれない。


「……もし俺が転生した存在、みたいなことを言ったら信じるか?」


 アラクネはすぐに答えず、しばし思案してから喋る。


「ありえなくはないですね。命は、魂は、星を巡り、星の神核に還る。そしてまた浄化された魂は星を巡り、命としてまた芽吹く」

「それはこの世界の外の魂でも?」

「どうでしょうか。考えたことはありません。ここ以外にも世界が存在しているのですか?」

「どうだろうな。俺も分からない」


 立証しろ、と言われても手段がない。

 前世の日々を喋ったところで俺の脳内にしか刻まれていないのだから。


〈神獣戦争のレジェンディア〉の話をしても同じだ。

 実際に地球……日本? とかに行くなりして存在を証明しないといけない。

 で、そんな方法を俺は知らない。


「私との契約で新たな視点となる眼が開眼したのかもしれません。面白い発見です」


 アラクネが言うようにこれから起きることを、【未来視】のスキルで見通しているのかもしれない。


 反論は難しい。

 アラクネは完璧に信じてはいないようだが、参考程度には信じてくれている。

 先ほどの苛立った声と違って楽しそうな声だから。


「そうだな。八つも眼あれば、色んな世界が見えるよな」

「ええ。私は特別な神獣ですからね。契約者もその加護を受けてもおかしくない。一般的な個体の蜘蛛は眼が良いわけではありませんからね」

「そうなのか? 八つもあるのに? 複眼じゃないの?」

「複眼でもありません。博識は撤回した方が良さそうですね」


 またしても評価が下がってしまった。

 気を取り直すように枝を焚き火に投げ込む。


「いいさ。博識の称号は俺に似合わないしな。でも、学ぶ意思はある。だから世界を知るために明日、ゾナフィマに行こうと思う。素材の換金に、物資の補充もしたいしな」


 忘却の大森林リナバルジオに向かう途中で見つけた一番近い街。

 と言っても歩いて半日はかかる距離だが。


「街、ですか。いいでしょう。契約者の見聞を広めるいい機会になる」


 ◆


「さあ、契約者。私の手入れは入念に」


 就寝前に滝壺で水浴びをし、汚れを落とす。

 まずはアラクネの全身を丁寧にブラシで洗ってあげる。


 今は神獣形態の蜘蛛だけど、性別は女性だ。

 丁重に扱ってあげること心がける。

 俺は別に蜘蛛に欲情する異常性癖はもっていない。


「ふぅ……いいですね。だいぶ、んっ……慣れてきましたね。戦闘技術は日進月歩ですが……いっ、こちらは中々に上手です、あっ」


 しかし、アラクネがたまになまめかしい声で呟くので、俺の脳がバグる時がある。

 特にお腹の裏の付け根辺りが気持ちいいらしい。


「今日もいい手際でした。褒めて差し上げましょう」


 アラクネの紫色の体躯を綺麗に磨き終わってから、俺も自分の身体を洗う。

 冷たい水が気持ちがいい。

 もちろん素っ裸。


 契約当初はアラクネの前だと照れもあったが、もう平気になった。

 アラクネも俺と同じく気にした様子はない。

 解放感が凄まじく気持ちいい。

 両手を広げ、夜空を見上げる。


 知らないことは山ほどあるが。

 ……やっぱり死にたくないな。

 その気持ちだけは強く宿っている。

 だからもっと強くなり、学ばないと。


 だからこそ、この一瞬を目に焼き付け、一時を大切にしたいと思う。

 よし、あとはねぐらでお手製のハンモックで寝て、明日に備えよう。


 ◆


 翌日の早朝に出発し、半日をかけてゾナフィマに到着した。

 アルヴェン碧樹国へきじゅこくの端っこに位置する街だ。


 妖精や精霊が多く存在し、自然共生をうたう国家とあって、木をくり抜いたりした独特な家造りもある。


 国民は他国に対して排他的な思想もあるが、首都から離れたゾナフィマは交易が盛んで、俺みたいな部外者にも好奇の眼差しは向けられない。

 牧歌的なのどかな雰囲気で、家も普通の石造りだ。


(やはりアルヴェン碧樹国の街は空気が澄んでいますね)


 アラクネが念話で言った。


 アラクネは俺の隣にも、後ろにも歩いていない。

 俺の髪の毛に紛れ、気配を消している。

 つまり指先に乗るくらい、ハエトリグモみたいなサイズに縮んでいる。


 神獣は自分のサイズも自由に変えられる。

 フードも被り、外部からはその存在を一切認識できなくなっている。


 だから気分は父さん……いや、母さんと呼んでもいい感じだ。

 本当には呼ばないが。

 頭皮にダイレクトアタックはされたくないしな。


 とにかく今は極力目立つことは避けるべきだ。

 アラクネは封印されていた存在。

 目につけば、厄介なことになる。

 だから彼女も納得の上で、この形になっている。


(契約者、まずはどこに向かいますか?)

(冒険者協会に行く。まずは手続きをしてからにしよう)

(いいでしょう。雑事は任せます)


 冒険者協会のドアを押し開けて、中へ。


 空気が変わった。

 隠しダンジョンに一番近い街だからか、中にいる冒険者たちは屈強な男が多い。

 いい、筋肉だ。


 逆に紫と黒を基調としたローブに身を隠し、まだまだ細身の俺は小さく見える。

 値踏みをするような眼差しを浴びながら、受付に向かった。

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