第6話 ストリングプレイ……スパイダーベイビー……

 夜目が利くようになり、夜になっても視界は暗闇に閉ざされずに見通せる。

 飯の準備ではなく、近くにある大岩に向かう。


 大岩に糸を付け、一番高い巨木の天辺付近にめがけて糸を伸ばす。太い枝に糸が巻き付き、大岩をエレベーターみたいにしてつり上げていく。


 ギシっと軋む音が鳴るが、無事に大岩は小石みたいなサイズまで遠のいた。

 視力も意識を集中させれば、かなり遠くまで見通せるようになっている。


 俺も糸――ではなく、自分の身体一つで木を昇っていく。

 面白いくらいに手や足は幹に張り付き、スムーズに昇っていける。


 やっぱり蜘蛛人間なのか? と半信半疑で大岩に辿り着いた。

 不安定な足場は自分の神力操作を誤れば、糸が切れる上に落下する。

 また意識を集中し、両手を胸の前にもってくる。


「ストリングプレイ……スパイダーベイビー……」


 糸を指先に複雑に絡め、ブランコのような形を描き、台の代わりに先端に巻き付けた丸い小石を回転させる。

 自作のヨーヨーだ。


 まさか異世界で宙ぶらりんの大岩の上で、こんなトリックをする日が来るとは思わなかった。

 しかし、これが凄いトレーニングになる。


 まず体幹が鍛えられるし、始点となる指先の神獣紋から糸を出し続け、小石の辺りに終点を設けて飲み込ませていく。ベルトコンベアみたいな要領で糸を動かし、小石を回転させ続ける。


「私の権能が……あんな児戯じぎにされるなんて……」


 日が落ちたことでいつものように戻ってきたアラクネが絶望を口にした。


「児戯じゃないんだって。こう見えて達人にしかできないんだぞ。それに支点力点作用点……的ないい感じで、神力のコントロールができるんだよ。

 神力の調節、出力の安定化、持続率、筋力、体力、精神力の強化。いいことずくめだ。一ヶ月色々試した結果、これが一番早く【神蜘糸しんくいと】を習熟できる最高の特訓方法なんだよ」


 大岩を歩いて下側に向かい、逆さまの状態になる。

 足の裏にも意識を回して張り付き、スパイダーベイビーを続ける。


「支点力点作用点? なんですか、その呪文は。バカですか。そうですね、バカですね。はあ……やはり私は、契約するバカを間違えたのかもしれません」

「バカバカ言いすぎじゃない? それよりいつもみたいに岩の上に乗って揺らしてくれないか?」

「なぜ私が揺り籠で眠る赤子をあやす真似をしなければならないのですか。私は神獣第十二柱――神蜘のアラクネなのですよ……」


 ふてくされながらも、アラクネは律儀に岩の上に乗って揺らしてくれる。

 さらにバランスをとるのが難しくなり、一瞬の間に力の配分を変えなければならない。


 一度に出せる糸の量が増えたらトレーニング器具……握力を鍛えるハンドグリップに、あの胸筋を鍛えるためのバネがある器具、エキスパンダーだっけ? ああ言うのを作るのもありか。


 ジャッ〇ーみたいな風変わりな特訓もありだな。糸を足首に巻き付けて上体起こしとか。


〈神獣戦争のレジェンディア〉はアクションRPGとあって基本は武器を用いて戦う。


 もちろんアーツや魔法も使うが、一番大事なステータスは筋力だと思っている。

 実際、脳筋パワープレイでクリアしたし、フィジカルこそ勝利の鍵だ。

 俺の肉体には無限大の可能性が秘められている。魔法が使えないのだから、なおさら鍛えて損はない。


 しかしまあ、そういう風に考えられるようにはなってきたのか。


「確かに今の俺は赤子みたいなものだよな」


 十五年ほど生きてきたこの世界の記憶を掘り返しても、いい思い出はない。


 孤児から苦しい生活を強いられ、苦い思いばかりしてきた。

 もしかすれば俺だって元々は真っ直ぐな性格だったのかもしれない。

 だが、最終的にあんな陰気くさい研究施設に囚われていたら、性根が腐るのも当然だ。


 知識を学ぶ機会は用意されていたが、戦いに関する知識に偏った思想。

 まず人として扱ってはもらえなかった。

 徹底的に人格を否定され、歪まされ、実験的な兵器として見られていた。


 だから広々とした自然豊かな大森林で日光や月光を浴び、狩りに特訓をしていればいくらか明るくなるってものだ。

 天日干しは大切なのだ。

 逆さまの夜空には雲一つなく、月にたくさんの星が輝いている。


「絶景を眺めながら特訓できる環境は最高だな、と思えるくらいだからな」

「時に大人びたことを言うと思えば、時に無邪気なこどものようなことを言う。どちらにせよ、バカには変わりませんが……はあ……」


 さらに揺れが激しくなる。


 日に日にアラクネの俺に対する評価が下がっているのは気のせいだと思いたい。

 でも、そんな風に呆れてくれるくらいには、俺に心を許してくれている証拠とも言えるしな。


 幸い前世の俺はそれなりに真面目だったらしく、日常生活に支障はない。

 一年後なら俺の評価もきっと回復し、むしろ好感度がこの巨木みたいに大きく成長しているに違いない。


 ◆


「ほら、アラクネ。今日はニードルプレートボアのステーキ、ブラックベリーソース添えだぞ」


 アラクネの前に糸で作った皿に載せた料理を提供する。


「料理だけは素直に褒められますね。いい匂いです。そして、味も真に美味。素晴らしい仕事と褒めて差し上げましょう」


 アラクネははむはむと俺の作った料理を美味しそうに食べる。

 なにかと俺に世話をさせたがるけど、礼は言ってくれる。

 神獣は創造神の次に偉い存在であるし、崇め奉られて当然だと思っているからかね。

 実際偉いしな。


 ヒエラルキーとしては創造神、神獣、そこから大きな壁があって、天使と悪魔、精霊や妖精、そして人類を含めた大勢の生き物と言った順だ。


 アラクネからしたら俺たち人が一番最下層だろうがな。

 それでも俺と普通に話をしてくれるし、料理だって勘ぐらずに食べてくれる。

 特訓にさえ、だ。

 まあ俺をほだして隙をつく気かもしれないけど、考えたってせんないことだ。


「そいつはどーも」


 俺も焚き火に当たりながら自分で作った料理を味わう。

 肉汁たっぷりでブラックベリーソースの酸味が利いてうまい。

 やっぱり【毒】スキルは使わなくて正解だ。


 しかし最近、気になることが一つできた。

 美味しそうに肉を食べているアラクネを見る。

 食事中に話すことではないが、今が一番機嫌がいいタイミングではある。


「なあ、アラクネ。気分を害したら悪いんだが、一つ質問がある」

「なんですか? 気分を害す――つまり私に関することですか。いいでしょう、質問次第では返答してあげましょう」


 アラクネの許可をもらい、意を決して口を開く。

 言い方には極力注意しなければ。


「神獣に排泄はいせつ機能、ってあるのか?」

「は……?」


 そうなのだ。

 俺は一度もアラクネがお花摘みに行ったのを見たことがない。

 もしかしたら昼間にこっそりお花摘みをしているのかもしれないが。


「実際どうなのか気になってな。今後の特訓の妨げになる可能性がある。大いに」


 それだけは原作ゲームの設定資料集にも載っていなかった。

 一度気になるとどうしても、食事をする度に頭の片隅をよぎってしまうのだ。


「いいですか。私たち神獣は全ての糧を神力に変換します。クリーンな存在なんです。貴方たち下等生物違って」

「なるほど、そうだったのか。これでスッキリ……あれ? でも、俺たちの排泄物がなきゃ土地は肥えないんじゃないのか?」

「え……? で、では私たちは。私こそが大地になにも還元できない愚かな寄生虫だった……?」


 自身のアイデンティティに疑問を抱いたアラクネが身体を震わせる。

 まさかここまで落ち込むとは思わなかった。


「えっと。役割分担……そう、役割分担だよ。俺たち下等生物は大地を肥やす。神獣は星を守る。なんかそんな感じの役割分担で。アラクネは俺たちが食べられないものだって、食べたりすれば綺麗に浄化できるんだろ?」

「た、確かに。そうです、ええ、そうですとも。毒をもって毒を制す。私は有害な毒を喰らえばいいのです」


 アラクネは強く自己肯定をし、自分を奮い立たせる。


「いいぞ、アラクネ。それでこそ俺が契約した神蜘のアラクネだよ」

「ええ。私こそが神獣第十二柱――神蜘のアラクネ。はあ、いいですか。今後はそういった下世話な話題は控えてください」

「悪かった。今後はTPOをわきまえて質問するよ」

「本当に分かっていますか、契約者」

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