第5話  ……原始的すぎる。

 まさか異世界でスパイ〇ーマンのヴィラン役の気分を味わえるとは思わなかった。

 世界が逆転し、ブラブラと揺れ動く。

 俺はアラクネの糸に捕まり、木の枝から吊り下げられている。繭みたいな状態で顔だけ出して、呼吸だけを許されている。


 バシバシ鍛えてくれ――とは言ったものの、俺のスタートは苦難の道のりだった。

 俺が修行場所に選んだ忘却の大森林リナバルジオ。

 原作ゲームの本編クリア後に訪れることができる隠しダンジョンだ。


 巨大なクレーターみたいな盆地に広がる原生林。

 ここなら他の神獣や神権代行者に遭遇する可能性は低いと思い選んだ。

 敵も強く、己を鍛えるにはうってつけの特訓場。


 しかし、一番の強敵はアラクネだった。

 巨大な木が生い茂る森の中から四六時中俺を狙い、至るところに糸のトラップを仕掛けている。


 糸に吊された極太の丸太が飛んできたり、地蜘蛛みたいに地面に落とし穴を仕掛けられたり、草むらの中に糸の地雷を設置し、踏んだ間抜けを繭にして木に吊したり。

 まさにハンターたる蜘蛛の本領発揮というわけである。


 特訓を開始して一ヶ月。

 一番やられている相手――何回殺されたか分からない。


 アラクネの糸は弾力性に富み、それでいて鋼のように硬く、刃物では切れない。

 だから糸に触れ、意識を集中させ、神気の流れを掴む。


 アラクネから借り受けた権能の一つが【神蜘糸しんくいと】のスキル。

 ちょっとずつ糸が緩み、弛んでいき、手が外に出た。

 すぐに自分の手を枝に向け、神獣紋が現れる。そこから糸が伸び、枝にくっついたのを確認し、繭から出てゆっくり地面に降りる。


 これもスパイ〇ーマンみたいに手首から出すのではなく、神獣紋を介してだ。例の補助機械的な役割を担っている。

 俺は蜘蛛人間になったのではなく、神蜘の権能を借り受けている使徒みたいな存在だ。


 だからこそ神獣代行者と呼ばれ――殺気がし、またすぐに飛びはね、枝の上に戻った。


「ブモオオオォォッ!」


 やかましい咆吼がしたと思えば、大木に止まっていた鳥たちが飛び去っていく。


 ずしん! と俺がいる大木が揺れた。

 眼下には太い牙が口から伸び、全身針だらけの猪――ニードルプレートボアが、なんども大木に突進を続けている。


 その皮膚は鋼のように硬く、属性は鋼。

 たくさんの属性耐性を持ち、当然火属性が弱点で、毒は無効。防御力も高い、面倒な相手だ。


 でも、肉は凄くうまい。

 今日のご飯にしよう。

 アラクネも喜ぶだろうし。

 糸を解き放ち、ニードルプレートボアを絡め取る。


 今のところ俺が一度に出せる【神蜘糸】は五門、太さは1センチ程度まで。粘度、強度、硬度はまあそれなりで調節可能だ。

 だからそれなりにしか保たない。もう糸がちぎれ始めている。


 地面に降り立ち、神蜘糸を右手に束ねてバンテージにする。

 ニードルプレートボアが拘束を破り、俺めがけて突進してくる。


 かなりのスピードのはずなのに、俺が集中するとスロー再生のようにゆっくりと世界が動いていく。

 これも蜘蛛の八つの単眼を模したアラクネの加護なのかもしれない。


 まあ、今はそんなことよりも。

 唯一針がない、鼻っ面に糸で保護した拳を叩き込んだ。

 集中を緩めるとニードルプレートボアは吹っ飛んでいく。

 また大木に戻され、マンガでしかみたことのないような自分の形の穴を開けて、どんどん遠ざかっていった。


 音が止んだ場所に行くと、絶命したニードルプレートボアが横たわっている。

 ……原始的すぎる。

 魔法の一つも使えないなんて……いやまあ、【毒】スキルは使えるけど、こいつにはまだ効かないし。


 毒なんて使ったら美味しい肉も美味しくなくなる。

【毒耐性】スキルから派生した【毒味】スキルで、毒に冒された食べ物も平気で食べられる。


 ただあくまで【毒味】スキル。

 毒を感知できなければ意味がない。

 だから猛毒であればあるほど苦いし、麻痺毒とかなら酸っぱいとか、タイプに応じて刺激的な味わいを楽しみながら、なんの毒か理解できる。


 嫌だよ、ご飯は美味しく食べたいよ。珍味はたまにで十分だ。毒を使って、わざわざ【ピュア・アンチドート】を使うのも二度手間だしな。


 ニードルプレートボアを糸で縛って担ぎ、洞窟に作ったねぐらに向かう。

 俺はアーツは使えても、魔法は使えない身体らしい。

 魔力0の魔法センスが壊滅的のいわゆる魔法駄目人間、というやつだ。

 まあ、魔石を利用した魔道具なら使えるのは救いと言えば救いか。


 ねぐら近くの解体場で、ニードルプレートボアの解体を始める。

 俺もアラクネみたいに【神蜘糸】を派生させ、裁縫みたいに武器を作れるように訓練中だ。

 糸を紡いで作り出せるのは短剣レベル。染色もままならない。

 切れ味はやはり、そこそこ。


 一本一本針を切っては、短剣を糸で補修し、丁寧に切っていく。一本の糸でスパッと切れる芸当もまだできない。

 ニードルプレートボアの針や硬い外皮、心臓の近くにある魔力袋にため込まれた魔石。これらは街で買い取ってもらえるので【アイテムボックス】に保存しておく。


 これは原作ゲーム準拠というか、アラクネ曰く、格に左右されるスキル。

 格ってのはレベルみたいなものだ。

 一般人は使えないし、冒険者でも使えるのはごく一部。

 俺が神獣代行者として格が勝手に底上げされたというわけだ。


 そうして全ての解体が終わる頃には、日が落ちていた。

 解体した肉を【アイテムボックス】に保存しておく。

【アイテムボックス】の保有限界量が近くなると、気分が悪くなり、身体が重くなる。脳内の記憶とリンクしてる影響なのかもしれないな。


 当然、ステータスなんて表示もされないので、本当に勘だよりだ。

 そろそろ限界が近い気分だし、一度街に情報収集も兼ねて換金しに行こう。

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