第4話 旅立ち

「これで全部か?」


 拝借したシャベルで肩を叩きながらアラクネに確認する。


「ええ。間違いなく。私が毒殺した下等生物、そして実験体の子ら。施設にいた全ての人間ですよ」


 俺が数年間囚われていた研究施設の外の地面には、たくさんの墓が作られた。

 アラクネに命を下して殺した組織の奴らと、生きられなかったわずかな実験体の子どもたち。


 それぞれ分けて埋葬されている。

 組織の連中の遺体の皮膚は変色してはいたが、綺麗な人の姿のままだった。

 逆に俺が殺した実験体はまだましな方で、他の実験体は欠損がひどかった。


「罪滅ぼしのつもりですか?」

「違うさ。他の実験体を兄弟や家族と思ったことはない。話したこともないしな。蹴落とす敵くらいにしか思っていなかったよ。それでも最期くらいは」


 夜空を見上げる。

 森の中で星が見える開けた場所。


「星に月、太陽。空が見える場所で眠らせてやるくらいはいいだろ」

「……そうですか。確かに下等生物といえど、肉体は大地に還せば星の糧となります。日当たりがよい場所なら花も咲くでしょう」


 アラクネは逆に墓前を見た。


「地獄行きの下等生物を養分にする花はいい迷惑でしょうが。ただ幼き子どもらは願わくば天に還り、次はよき日をと。可憐な花が咲くことを祈ります。元を正せば私が原因ですから」

「別にアラクネのせいじゃないだろ。少し前まで封印されてたんだろ?」


 アラクネは過激な思想のせいで、他の神獣や神獣代行者の手で封印されていた。

 登場する作品が違えば、ゲームクリア後の裏ボスみたいな扱いの存在だ。

〈黎明の影〉によって封印を解かれ、俺と契約しただけにすぎない。


「本当に、よくご存知で。ですが、強き者と契約するのは私の望みでもあります。私の願いといえば間違ってはいない」


 その声は変わらず淡々としている。


「そう思いたいなら好きにすればいいさ。それに毒殺した死体がそこら中に転がっていたら、俺たちの仕業って怪しまれるだろ。

 俺もアラクネもこいつらの本部に情報はいってるからな。埋葬してあったら犯人像も分からなくなる。すぐにバレるかもしれないけど、やっぱり人物像は把握しづらいはずだ」

「私的には発覚して刺客が送られる方が楽でいいですが。ゴミを掃除しやすいですから」

「残念だが、ここは孤島だからな。捜索部隊が送られるのにはまだ猶予がある。ゴミ掃除はお預けだ」

「そうですか。では……少しお待ちを」


 アラクネは森の中に消え、すぐに戻ってくる。

 背にたくさんの白い花を巻き付けて。


「ホワイトリリー。彼らには過ぎたるものですが。下等生物には全員まとめて一輪、子どもらには残りを手向けていいでしょう」


 そう言って俺にホワイトリリーの花束を渡した。


 純粋に死者をとむらいたいだけみたいだ。

 一輪のホワイトリリーを組織の連中の墓前に、ホワイトリリーの花束を実験体の子どもらに捧げ、静かに祈る。


「やるべきことはすんだし。行くか」

「待ちなさい。まさかそのみすぼらしい格好で外に出る気ですか?」

「ここにある服でまともな服は白衣の研究服みたいなのしかなかったんだよ。知ってるだろ? 俺だってもっとましな服があれば選んでいるよ」

「……しょうがないですね」


 アラクネは前脚を上げ、お尻から糸を出し始める。


 そしてシャコシャコと可愛らしく前脚を動かし……宙に浮いた糸が独りでに編まれていく。

 俺が七日間眠っていた時もこんな風に布を編んでくれたのだろう。


 またたく間にローブに、長袖のシャツ、長ズボンができあがり、紫と黒に染色されて俺の手元に届けられる。おまけに靴に、下着のトランクスまで。


 新品の服一式――いわば、アラクネ装備が作られてしまった。


「サイズは合っているはずです。ああ、忘れていました――【ピュア・アンチドート】」


 アラクネがふいに神技と呼ばれるアーツを発動させた。

 俺の全身が紫色の光で包まれ……すぐに消えた。

 それだけで傷跡が綺麗に塞がり、疲労感が消え、体調が全快したのが分かった。


けがれは落としました。さあ、試着を」

「ありがとな。助かるよ」


 今さら裸を見られたところで動じないし、相手は人じゃなくて神獣だ。

 それに命を預ける相棒でもあるんだから、一々恥ずかしがることも……ちょっとはあるな。声も女性だし……まあ、あれだし。


 贅沢を言える立場でも状況でもないのは分かっているつもりだが、俺の心境に変化が起きている。


「肌触りが凄くいいし、薄いのに暖かい。こんな着ていて気持ちがいい服は初めてだよ」


 着替えをすませた頃には、着心地の良さで驚きに満たされていた。


「当然です。私以上に裁縫が得意な存在はこの世界に存在しません。ええ、神業と言って過言ではありません」


 アラクネは心なしか嬉しそうに言った。


「着こなしは、及第点といったところですかね。私に相応しい契約者になるということは当然、身だしなみもその一つです。忘れないように。だらしない格好など認めません」


 しかし、糸でこうもあっさり衣服を作るなんてまるで……そうだ、あれだ。


「……3Dプリンター?」

「なんでしょう。今とてつもなく馬鹿にされた気がします」


 嬉しそうにしていたアラクネが一瞬で不機嫌になってしまった。


「悪い。今のは俺の失言だった」

「分かればよろしいです。最後に一つ聞きます。この場所に思い入れはありますか?」


 アラクネは念を押すように確認し、来た道を戻り始める。

 戻った先にあるのは俺たちが出てきた場所。


 研究施設は孤島の中心付近にある洞窟内部に造られている。

 長年俺を閉じ込めていた牢獄を改めて見ても。


「ないさ。あるとすれば、アラクネと出会った思い出だけで十分だ」

「承知しました。では、不要なゴミは処分しましょうか――【アシッドミスト】」


 アラクネの眼前に光の紋章――神獣紋が展開し、毒霧が研究施設の入り口から入っていく。


 洞窟そのものが崩壊し、研究施設は跡形もなく消え去った。

 埋もれた付近の土は毒の汚染が広がっている。


 俺はよくアラクネの猛毒を耐え凌いだと思い、身を震わせる。


「【ピュア・アンチドート】」


 またアラクネがアーツを唱え、紫色の光が地面に伝わり広がっていく。

 土壌汚染が広がっていた大地が浄化され、再び活力を取り戻していく。


 それは墓場にまで到達し、組織の連中を蝕んでいた毒も、実験体の子どもらの欠損した身体も癒やしてくれたのだろう。


「今度こそ出発の準備が整いましたね」


 アラクネは大したことなんてしていない口ぶりで言った。


「そうだな。夜の間にここを離れよう。連絡船の一隻くらいはあるはずだ。目的地は決まってる」


 強大な力を持つ神獣の彼女ならば、俺を強く鍛えてくれると確信した。

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