第2話 今まで生きてきた世界の理
「きもちわる……」
目覚めはまた最悪な気分だった。
「まさか私の毒を全て耐え凌いだ……? 毒に対する耐性が完璧に備わった……? ありえない。そもそも飲まず食わずで七日も耐えられるわけが……毒をエネルギーに変換した……? 下等生物として異常です」
寝起きに見たのは巨大な蜘蛛。
やっぱり
前世の俺の記憶は断片的で、名前や顔は思い出せない。
もう俺がイサナ・レグナントと認識し、人格が固定されてしまったからかもしれない。
残っているのはなんてことのない日々の記憶に、この世界がアクションRPG〈神獣戦争のレジェンディア〉に酷似しており、それに関する知識くらいだ。
「そうか。七日、一週間経ったのか……」
そりゃ吐きたくても吐ける物がないわけだ。
しんどいのに、おかしくて笑ってしまう。
寝転がっていた身体を起こそうとして、柔らかい布がかけられていたことに気がついた。
それだけじゃない。
身体の下にも上質な布が敷かれていた。
「これは……お前が?」
「私にとって布を編むなど脚を動かすように容易いことです。私は神獣第十二柱――
妙なプライドだ。
身体を起こして、座り直す。
でも、そのおかげで七日間、寝たきりのわりには全身に痛みがない。こりや張りもなく、身体は自由に動かせる。
「……ありがとな。助かった」
「命を奪おうとした相手に礼を言うとはバカですか?」
「俺がやれって言ったことだろ。なら礼を言うのも俺の自由じゃないか?」
「おかしな下等生物ですね。やはりまだ毒が抜けきっていないのでは?」
「そうかもな」
笑って小言を聞き流す。
「――アラクネ。約束は、覚えているよな?」
初めてアラクネの名を呼ぶ。
「……ええ。覚えていますよ。なんでも。絶対に命を聞け、ですよね」
だから、これから言うことも俺の意思だ。
「ああ。まずはここにいる組織の連中を全員、毒殺しろ。封印明けで、腹、減ってるんだよな?」
「よろしいのですね。貴方が存命の間は、貴方の命に従いますよ」
アラクネはお前の意思で殺すのだと確認している。
「分かってる。ただ俺みたいな……実験体の子どもがいたら見逃してくれ。それ以外は殺して構わない」
〈黎明の影〉を各国の治安維持組織などに引き渡したところで、バックにいる本命の帝国さんから刺客が送られ、口封じをされる。
それで罪もない人が巻き込まれるのはごめんだ。
だったら、俺の存在を知る奴らを消し、被害を減らす選択肢をとる。
それに今ここで殺せば俺の死の運命も少しは変わるはずだ。
……俺以外の実験体が生きていたら、いつか俺の命を狙う存在になるのかもしれないけど。それは自由に選ばせてやりたい。
「分かりました。その命、しかと承りました」
「悪い。もう一つ頼みがある」
「なんですか?」
「胃に優しい食べ物あったら持ってきて。喉も渇いたし、腹も減ったから」
グウウゥゥゥ……とお腹が大きな音を鳴らしてご飯を所望した。
気を張り詰めているのに、身体は正直者だ。
「……私の毒が……こんな間抜けに負けたうえ……私を召し使い扱いとは――いえ、約束は約束ですし。命には従いますよ……ええ……」
アラクネはいともたやすく石壁を毒液で溶かし、穴の奥に消える。
その後ろ姿はなんだか悲哀に満ちていた。
石壁に寄りかかり、天井を仰ぎ見る。
空腹も、背に伝わる冷たさも、全部が本物だ。
俺はやはりこの世界で生きて――穴の奥から悲鳴が聞こえた。
同時に誰かが死んでいく。
……命が消えていくことに対し、そこまで重荷には感じなかった。
俺がイサナ・レグナントになってしまったからなのか。
違う。既に命を奪っているからだ。
目を瞑り、悲鳴を聞き続ける。
やがて悲鳴が聞こえなくなり、腹の上にお盆を載せたアラクネが帰ってくる。
「命に従い、全ての存在を毒殺しておきましたよ。残念ながら、契約者のように生きている子どもは一人もいませんでした」
「……そうか。じゃあ、最後の一人は俺が殺したみたいだな」
俺か、そいつか。
アラクネと契約するに相応しい者はどちらかを見極めるために殺しあった。
俺の手で命を奪った。
それが今まで生きてきた世界の理だ。
「……そうですか。食事はこれでいいですか?」
アラクネの腹の上に載ったお盆には水筒に、瑞々しい野菜、柔らかそうな丸パン。
丸パンは水につけて食べれば、いけるかな。
アラクネの猛毒さえ耐えきった俺の身体。胃袋だって頑丈なはずだ。
「アラクネ……」
「なんですか、まだ命が?」
不満を露わにするアラクネの八つの目を見て、頭を下げる。
「ありがとな」
「礼はいりません……契約者に死なれては困りますからね」
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