神獣の蜘蛛と契約したゲームの悪役に転生したので、死亡エンドを回避して自由に生きたい

春海玉露

第1話 適合実験体137号――イサナ・レグナント

「きもちわる……」 


 最悪な気分だ。

 死んだから当然……って、じゃあなんで俺はそれを知ってるんだ?

 意識がハッキリしていくにつれ、視界もクリアになっていく。


 石造りの独房だ。

 窓もなく、ロウソクの頼りない灯りだけが独房を照らしている。

 改めて見ても劣悪な環境だ。人が住む場所じゃない。


 そして目の前には大きな紫色の蜘蛛。

 じっと俺を見ている。


「なるほど。確かに耐性はあるようですね。私の毒に耐えられるとは」


 冷徹な女性の声が蜘蛛から発せられた。


「毒? そうか、気分が悪いのはお前のせいか……」


 本来なら即死の猛毒。

 気分が悪いだけですんでいるのは、俺が【毒耐性】のスキルを持っているからだ。


「気分が悪い、だけですか。言っておきますが、これは契約の儀用の毒です。神獣第十二柱――神蜘しんくのアラクネの毒の神髄しんずいはこんなものではありませんよ」

「神蜘のアラクネ……? なにか聞き覚えが」

「当然でしょう。気分が悪いだけでなく、思考も鈍っているではありませんか。特別に改めて教えてあげましょう。

 本来なら貴方のような下等生物と契約を結ぶわけがありません。あくまで私の目的のために契約を結んであげるのです」

「ちょっと黙っててくれないか?」


 やたら高圧的な態度に苛ついたのもあるし、今の自分の状況を整理したくて強く言う。


「ほう。私に意見するとはいい度胸ですね。その度胸に免じてちょっと黙ってあげましょう」


 ……あ。思い出した。

 俺が遊んでいたアクションRPGの『神獣戦争のレジェンディア』のキャラクターの名前だ。


「言われたとおりちょっと黙ってあげましたよ。それで。貴方の名前は?」


 そうだ。

 このゲームは神獣と呼ばれる創造神が遺した超上位存在と契約し、契約者たちが自分の野望や夢を叶えるために戦っていく。


 つまり今俺は契約の儀の真っ只中にいるわけだ。

 そして神獣の中で序列が一番低いアラクネと契約するの男の名前は――。


「適合実験体137いちさんなな号――俺に名前はないよ」


 序盤で主人公に倒されるボスキャラ。

 敗走の後、俺を実験台にし、今も壁の向こう側で観察している組織〈黎明の影〉に殺される。


 つまり、死亡エンドが確定している悪役だ。

 最悪だ。

 夢ならいいけど、俺を蝕んでいるこいつの毒が夢じゃないって分からしてくる。


 なにが……どうなっているんだ?


「……名前すらないとは可愛そうに」

「そうさ。俺は孤児だ。家族も、名前さえもうない。だからここにいる」


 俺もただの敵役くらいにしか思っていなかったよ。

 初めから後腐れなく、殺されるために設定されたキャラだ。


「では契約者でよろしいですね」

「いや……イサナ。イサナ・レグナントだ」


 それでも俺は137を言い換えて、あだ名をつけて呼んでいた。

 後に出てくる書類のフレーバーテキストには、孤児になる前の家名も記されていた。


 少しくらい情をかけて、名前くらいつけたっていいだろう。

 これから俺が、俺になるんだから。

 ……自分で言っていてよく分からなくなってきたな。


「今思いついたのですか? ふむ。素体は悪くないようですが、反応がおかしいですね。新たな契約者を探す方がいいかもしれません」

「悪いが、お前のいいなりにはならないぞ」


 巨大な蜘蛛を指さし、恐れずに宣言する。

 原作ゲームのイサナはライバルキャラっぽいアウトローな風貌だが、内面は劣等感の塊で神獣のこいつをただの蜘蛛と見下して、心底嫌悪し、世界の全てさえ憎んでいた。


 こいつもそれを見透かし、イサナを操り人形にしたくらいだ。

 しかし、主人公との戦いでは隙をついて自我を取り戻したイサナが、こいつを身代わりにして逃げおおせる。


 俺が知る限り、〈神獣のレジェンディア〉で最悪のコンビだ。


「ほう……言ってくれますね」

「お前が使える毒全部を俺に投与しろ」

「正気ですか? 私の毒で完全に頭がおかしくなりましたか?」

「正気だよ。お前の毒なんて全然効いちゃいない。だから、全ての毒を盛れ。俺が耐えきったら、俺の言うことを聞け。いいか、絶対に、なんでもだ」


 舐められないように、自分を鼓舞するように強く言い続ける。

 こいつの気分を害し、今すぐに殺されるかもしれない。

 でも、遠くない未来で俺の死は確定している。

 遅かれ早かれの差でしかない。


 ……それでも死にたくないのなら。

 徹底的に抗って死ぬ方がましだ。


 これが正しい選択なのかは分からない。

 毒の影響でテンションがハイになって、一度死んだ事実がさらに自棄を起こさせている。

 もうどうにでもなっちまえ、なんておかしなことを考えてしまうくらいには。


 ある意味こいつが言っていることは間違っていない。 

 前世なんてあやふやな記憶だって、こいつの毒で意識が混濁した影響かもしれない。正常な判断を下せていないのかもしれない。


 だけど、俺がこの世界で生きていく上で、こいつの力が必要なのは分かっている。

 俺を認めさせ、信頼を勝ち得ないと駄目だ。


「いいでしょう。強気なのは好きですよ。そして、愚かな下等生物が許しを請う姿はもっと大好きです」

「――ッ!」


 アラクネが俺の腕に噛みついた。

 瞬間、噛まれた箇所が紫色に変色し――広がっていく。


 身体の自由が利かず、倒れる。

 意識が遠のくにつれ、前世の俺の最期を垣間見る。

 走馬灯ってやつなのか。

 俺は高校生で……不運な事故であっけなく死んでしまったらしい。


 つまり転生して今この世界で生き――また死にかけている。

 だったら、今度は生き抜いてやる。

 こいつの毒で殺されてやるものか……。


「貴方が死ぬまで何人たりとも手出しはさせません。まあ、耐えられるわけがありませんが。残念です。やはり新たな契約者を探さねばなりませんね」

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