第3話 澪と篤郎の16歳頃の思い出

夏の日差しが川面にきらめき、涼しげな風が木々の間を吹き抜けていた。一仕事終えて、川遊びに来ていた巫女達は、久しぶりの自然に心が躍っていた。

普段はプライベートなどないも同然だったから、

川のせせらぎと、巫女達の笑い声が心地よく響く、澪は一人、少し離れた深いところに足を踏み入れていた。


「ちょっと泳いでみようかな」


軽い気持ちで足を踏み出した瞬間、予想以上に強い流れに足をすくわれ、澪はバランスを崩してしまった。思った以上に水の力が強く、慌てて手を伸ばすが、足がつかない。焦りが胸に広がり、パニックに陥りそうになる。


「誰か…!」


声を出そうにも水が口に入ってうまく声が出せない。流れに逆らおうと必死に手足をばたつかせるが、体はどんどん流されていく。力が抜けそうになったその瞬間、誰かが後ろから力強く抱きかかえた。


「大丈夫か!」


耳元で聞こえた声に驚いて振り返ると、助けてくれたのは篤郎だった。篤郎は無言で澪を抱えたまま、川岸に向かって泳ぎ始める。普段はおとなしい澪が、抱きついたのは初めてだった。


無事に岸にたどり着くと、澪はその場にへたり込んだ。篤郎も息を整えながら、静かに隣に座り込んだ。


「…ありがとう、篤郎」


澪が礼を言うと、篤郎は少し照れくさそうに笑いながら言った。


「気をつけろよ、危ないだろ。びっくりしたんだから。」


その言葉に澪は恥ずかしさを感じつつも、心の奥から温かい気持ちがこみ上げてきた。篤郎のさりげない優しさに触れ、澪はそれまで気づかなかった感情に気づいたような気がした。


「あんなに焦ってたのに、篤郎が来た瞬間、すごく安心したんだ…」


篤郎が一瞬驚いたように目を見開き、それから小さく笑った。


「そんな大げさな。俺もただ必死だっただけだよ。」


「でも、ほんとにありがとう。助けてもらってなかったらどうなってたか…」


二人の間にしばらく静かな時間が流れ、川のせせらぎだけが耳に残った。気まずさも、ぎこちなさもなく、ただお互いの存在を感じながらそこにいるだけで心が落ち着く。澪は、今までよりも少しだけ篤郎のことを近く感じるようになった。


「また一緒に泳ごうな、今度はちゃんと安全なところで」


篤郎の軽い言葉に澪は微笑み、頷いた。流れの先に、これからも二人の関係が少しずつ変わっていくのを予感しながら。

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