第35話 冗談です
翌日になると篤哉の熱はすっかり下がり、元の調子を取り戻していた。
冷蔵庫を開けると栄養ドリンクが10本くらい増えていたが、神菜が彩月に持たせてくれたものらしい。
それを1本飲み干して、彩月と一緒に家を出た。
彩月を家まで送り届け、神菜に栄養ドリンクのお礼を言った。神菜にものすごく心配されたが、力こぶを作ってアピールすると笑ってくれた。
そして篤哉はそのままモールを目指すことにした。昨日できなかった雪かきをするためだ。
冬休みの間は自由出勤になるので、遅刻というものがない。無理せずにゆっくりと歩いていった。
店に着くと、誰もいなかった。今日は店長も美里も休みらしい。少し寂しく感じたが、それは仕方ない。二人……いや、愛も入れて三人の分まで頑張ろうとスコップを手に取った。
篤哉がスコップの感触を確かめながら雪を掘っていると、見知った人に声をかけられた。
「元気そうじゃん」
気だるそうな表情に笑みを浮かべていたのは流輝亜だった。
「おはようございます。昨日はご迷惑をおかけして本当にすみませんでした」
「だからいちいち……いや、あつをはそういうヤツか。んじゃ、お礼待ってる」
「あはは、お礼はいずれさせてもらいます。今日は流輝亜さん一人ですか? 翔は休みです?」
「ん。あいつは風邪で休み」
「マジっすか。風邪なんて引きそうに見えないのに」
「あつをにうつされたーってゴホゴホいいながら喜んでたよ。アホだよね」
「ええ……昨日翔の顔を見てすらいないのに」
「で、なんか律儀に代打寄越してきたのよね」
流輝亜が道の隅を見る。そこには仏頂面で雪をかく少年がいた。
篤哉も視線を向けると、その少年……天空昴と目が合った。
「やあ」
「……どうも」
二人してぎこちない挨拶を交わす。それを見て流輝亜はニヤニヤ笑っていた。
「あつをさー、あの子の面倒見てやってよ。昴もアタシよりあつをのがやりやすいだろうし」
「それはいいんですけど、中学生を働かせるのはアリなんですかね」
「別にいんじゃね? これ時間外労働なんだし。そこら辺は臨機応変っつーかさ」
なんだか詭弁のような気もするが、篤哉自身は天空昴という少年に興味がないわけでもなかったので、それ以上反論はしないことにした。
二人で黙々と雪をかく。昴と何を話そうか篤哉は考えを巡らせていたが、地雷っぽい話題しか思い浮かばない。唯一話せるとしたら、やはり翔の話題だろうか。
そう思っていたら、昴の方が先に口を開いた。
「篤哉さんって、兄貴の友達なんですよね?」
相変わらずの仏頂面だったが、声に棘は感じられなかった。
「そうだよ。友達っていっても知り合ってまだ一週間くらいだけどね」
「一緒にいてうんざりしたりしないですか? 兄貴はいつもあんな調子だし」
「いやあ……弟に言うことではないと思うんだけど、うん、実は少し。いや嘘。7割くらいはウザいと思ってる」
その言葉に昴は少しだけ笑ってくれた。思ったより笑顔が可愛らしかった。
「俺もあんまり近寄りたくないんです。いつもヘラヘラしてるし、バカみたいなしゃべり方だし、不真面目だし」
「あはは、まあわかる」
昴が語り出したので篤哉は聞き手に回ることにした。結構な勢いで言葉が出てくるので、翔に対して大分溜まっていたものがあったんだなと思った。
「正直、兄貴のことは嫌いです」
そう言った昴の目は、嫌悪というよりも悲しみの色が強いように見えた。
篤哉には兄弟がいない。唯一年齢の近かった親族といえば、ひかりくらいだ。
兄妹のように接してきたひかりに“嫌い”と言われるのを想像してみる。泣きそうになった。
これが男同士だとまた違うのかもしれないが、血のつながった兄弟の心が離れてしまっているのは、やっぱり悲しいことだ。
「でも、翔は決して悪いやつではないよ。俺はそう思う」
篤哉の言葉が予想外だったのか、昴はぽかんと口を開く。
「意外です。篤哉さんは兄貴のことあまりよく思ってないんだろうなって想像してました」
「最初はやっぱり印象良くはなかった。俺にとって不思議なやつなんだ。不真面目に見えるけど実際は真面目なんじゃないかって思えて」
昴は黙って何かを考えているようだった。
少しして、独り言のようにぼそっと言った。
「篤哉さんが俺の兄貴だったら良かったのに」
「ええ……いや、そう言われて悪い気はしないけど。なんでそんな風に思ったの?」
「篤哉さんは俺と似てる気がするんです。物事に対する考え方とか。兄貴より全然話しやすいし」
それは篤哉も思っていたことだ。でも、実際本人を前にしてみて、昴は自分とは違うと感じた。考え方は似ているかもしれないが、自分にはこの純粋さというか天然な部分がない。
それからしばらく二人で雪かきをしながら話していたが、昼にしようと流輝亜に呼ばれた。
昼食は流輝亜と昴と三人で食べた。
篤哉と流輝亜が話している横で、昴は黙々と流輝亜の手作り弁当を食べていた。
昼食を食べ終わり、昴と並んでベンチに座る。二人してホットコーヒーを啜る。会話はまたなくなった。
流石にもう翔の話はしつこいかと思い、他の話題を考えていたが、やはり地雷っぽい話題しか思い浮かばない。ひょっとして自分と昴は相性が良くないのでは、と思った。
すると、また昴の方から話を振ってくれた。
「あの、体育倉庫での件は本当にすみませんでした」
「あ……ああ、あれは昴くんが謝ることじゃないよ」
際どい話題に多少面食らったが、気にしすぎても会話にならないと思い、少し踏み込んでみることにした。
「あの不良っぽい子たちは昴くんの知り合いって言ってたよね」
少しの沈黙。考えるような素振りをしてから昴は言う。
「あいつら、バスケ部の仲間だったんです」
「ほう。女子生徒たちも?」
「はい。男バスと女バスで別れてはいましたけど、それぞれ真面目に頑張ってました」
「でも、この間はスポーツ少年少女って感じには見えなかったなあ」
「昔はあんなやつらじゃなかった。ずっとみんなで一緒にバスケ頑張ってきて、でも三年最後の大会で期待した結果が出なくて。それからです、あいつらが変わったのは」
ひとつのことをずっと頑張り続けて、結果が出なかった。篤哉には何かをずっと続けたという経験がないので、その時の悔しさ、虚しさはわからない。
「だからといってあんな無茶なことをやっていい理由にはならないのはわかってます。なので、俺もあいつらを見限ることにしました」
絶交だとあの時昴は言い切った。それに対して不良グループの面々は動揺していたし、リーダー格の女子生徒なんて大泣きしていた。
目の前の少年の気持ちは今どこにあるのだろう。本当は絶交なんてしたくなかったのではないか。どことなく暗い昴の表情を見ていると、どうしてもそう思えてしまう。
「罪ってさ、誰でも犯してしまう可能性があるよな」
「え?」
「一度犯してしまったら元には戻れない。それは確かにそうなのかもしれないけどさ。償う機会くらいは与えられてもいいと思うんだ」
篤哉の言葉に、昴は俯く。たぶん考えているんだと思った。自分と似ている昴になら、自分の言葉が届くかもしれない。そう思って言葉を繋げていく。
「もちろん、彼女たちを許すのは当事者であるひかりの役目だ。ひかりが許さないって言うならそれは仕方ないと思う」
昴は顔を上げた。縋るような目でこちらを見ていると感じるのは勘違いだろうか。
「でも、もし彼女たちに罪を償うつもりがあるなら、せめて友達くらいはその気持ちを理解してあげてもいいんじゃないかな」
また昴は俯いた。じっと足元の溶けかかった雪の塊を見つめている。篤哉は特に急かしたりはしなかった。
やがて足元の雪が全て溶けきった頃、昴は立ち上がった。
「考えてみます」
短く言って、流輝亜の店の方へ走っていく。
ずいぶん休んでしまったなと思い、篤哉も立ち上がる。
すると昴がこちらへ戻ってきた。
「あの、これから俺のことは呼び捨てで呼んでくれませんか?」
「うん、それは別に構わないよ」
「それと、桐生さんのこと、幸せにしてあげてください」
「え!?」
突然ひかりの名前を出されて動揺する。そんな篤哉を見て昴は笑った。
「冗談です」
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