第31話 おっさんじゃん
クリスマスイヴ前日のフードコートは、昼食時ということもありかなり混雑していた。
三人分の昼食を確保した篤哉は、先に席を確保しているはずの二人を探してそこそこ広い敷地内をぐるぐる練り歩く。
少し歩くと隅っこの席にひかりと彩月の姿を確認した。
しかし、そこにいるのが二人ではなく三人だったので、篤哉は思わず尻込みしてしまう。
「やっぱさー、篤哉くんに足りないのは積極性だと思うんだよねー」
「そうだよね! 美里さんさすが、付き合いが長いだけある!」
「わたしたちも頑張ってるんですよー。軽いボディタッチしてみたり、色仕掛けしてみたり。それなのにあの鈍感ロリコンあつにぃはまったく……」
「二人ともこーんなにかわいいのにねえ。ところで色仕掛けについて詳しく聞かせてもらっていいかな?」
「ストォーップ!」
篤哉がテーブルに荷物を置く。ひかりと彩月、それになぜかいる美里にまでお帰りと声をかけられる。
「なんでいるんすか……」
「そりゃーお昼休みだからね、ご飯食べに来るよ」
「美里さんっていつも弁当でしたよね」
「流輝亜ちゃんに聞いたの。篤哉くんがかわいい彼女たちを連れてモールに来てるって。そんなの様子見に行くに決まってるよね?」
情報の出所がわかったが、まさか流輝亜にこの事でいちいち苦情を言えるわけがない。そもそも美里と流輝亜が知り合いだったことにも驚いた。
篤哉が情報を整理していると、ひかりと彩月が話し掛けてきた。
「ねえねえあっくん! 美里さんにあっくんのこと色々教わったんだよ。すごくためになった!」
「そ、そっか」
「それに色々愚痴も聞いてもらってた。誰かさんがとーっても鈍くて困ってるって」
「お、おう」
「ね、それよりもひかりちゃん、さっきの続き聞かせて。色仕掛けって具体的にはどんなことしたのかな?」
「美里さんは少し黙ろうか」
正に姦しいという言葉がぴったりだ。
それから四人で食事をしたが、三人はずっと喋り続けていた。会話の高速キャッチボールだった。それでもちゃんとそれぞれの昼ごはんはなくなっていたので、女性とは恐ろしい生き物だと思った。
結局篤哉は殆ど喋らずに三人の話を聞いていた。
美里が仕事に戻り、篤哉は大きく息を吐く。
「どうしたの? あっくんつかれた?」
「疲れたっていうより、すごいなと思って。よくあれだけ喋れるよな、三人とも」
「そりゃほとんどがあつにぃの話だったからね。話題が尽きるわけないでしょ」
「ねー。楽しかったあ。また美里さんとおしゃべりしたいなー」
そう言われると悪い気はしない。自分が親しくしている人同士が仲良くなってくれるのは、何とも言えない嬉しさがある。
ただ、次回があるならもう少しだけ手加減してほしいと思う篤哉だった。
昼食を食べ終えた三人は、モールの一角にあるゲームコーナーへ来ていた。
ゲームコーナーとは言っても、古びたビデオゲームがいくつかと、円盤状のものを打ち合って相手の陣地に打ち込む対戦ゲーム、ワンコインで出来るガチャガチャ、あとは一昔前に流行ったプリントシール機が置いてあるだけだ。
全体的に時代遅れのラインナップだが、それでも今日は子供たちが既にいくつかのゲームを遊んでいた。
「彩月はゲームとかよくやるのか?」
「あんまりかなー。こういうところもほとんど来たことないよ」
見覚えがあるゲームを眺めながら三人でぶらついていると、ひかりがクイズゲームをやりたいと言うので彩月と二人で遊ばせることにした。
筐体にコインを二枚投入し、協力プレイを選ぶ。
「このスティックで答えを選んでボタンで決定。わかった?」
「うん。思ったよりかんたんそう」
彩月がひかりから操作方法の説明を受け、ひかりが出題ジャンルを漫画に決定し、派手なジングルと共にゲームがスタートした。
ひかりはこのゲームの経験者なので回答がスムーズだ。彩月もたまに正解しながらゲームを進めていく。
『問題。漫画“ナオ”で主人公の奈央が初めて付き合った男性は?』
「こんなの簡単! 3番の章太!」
「わ、はやい! しかも正解だー」
「ふふん、わたしにかかればちょろいもんよ」
確かにひかりの回答は正確で速い。だが、今の問題にあった漫画は少し前に大ヒットしたもので、内容がかなり過激なものだったはず。
「こういう漫画を読んでるからひかりはませてるのかあ」
「別に普通だよ。イマドキの中学生なら誰でも見てるし」
「わたし読んだことないや。ちょっと気になるなあ」
「彩月にはまだ早いんじゃないかな」
「あーっ、そうやってまた子供あつかいする!」
「おっ、次の問題だぞ彩月」
「しかもごまかした!」
『問題。アマゾ』
「……ん? なにこれ」
「なんだ? バグか?」
問題文がたった三文字しか表示されずひかりは困惑し、篤哉も首を捻る。
しかし回答の4択は表示されている上に、制限時間のカウントダウンもしっかり進んでいた。
「ちょっと! こんなのわかるわけないんですけど!」
「アマゾン川にまつわる問題か? 答えを見ても全然わからん」
二人が戸惑うのをよそに彩月が華麗な動作でボタンを押す。間を置いて正解のジングルが鳴り響いた。
「えー、なんでわかったの?」
「えへへ、勘だよ」
「彩月ってそういうとこ鋭いよなあ」
その後もひかりの幅広い漫画の知識と彩月の鋭い勘で問題をクリアしていく。が、いくつかステージが進んだところでライフがゼロになり、ゲームオーバーとなった。
「ふー、なかなかの成績ね。やっぱ彩月とは相性いいかも」
「知識のひかり、センスの彩月って感じだったな」
「わたしとひかりちゃんは最強コンビだね」
ゲームを終えて二人が席を立つと、対戦格闘ゲームの筐体に座っていた二人の少年がこちらを見ているのに気づいた。
「ってか、二瀬じゃん」
名字を呼ばれて彩月が振り向く。
「あれ? 田中くんに中田くんだ」
二人とも身長は彩月と同じくらいだろうか。彩月も名前を知っているということはクラスメイトかもしれない。
少年二人組……田中と中田はニヤニヤと笑っている。
「なんだよ、兄弟と来たのか?」
ひかりと篤哉を見て中田……いや田中だろうか、どちらかが言った。
「ううん、ひかりちゃんとあっくんはきょうだいじゃなくてお友達だよ」
彩月は至って普通に答えたが、田中中田コンビは彩月の言葉になぜか吹き出した。
「あっくんだってよ、だっせー!」
「二瀬ってほんと学校に友達いねーのな」
「え……」
明らかに彩月に因縁を吹っ掛けている。とは言っても彩月の同級生のようだし、小学生同士のいざこざに成人している自分が口を出すのもどうかと思い、様子を見ることにした。
ひかりの方を見ると、氷のような凍てついた視線で少年二人を見ている。ちょっと怖い。
「あの、わたしだって学校にお友達いるよ」
「うそつけー」
「父親に捨てられたやつなんか誰も相手にしねーよ」
「わ、わたしはべつに……」
「あー君たち。イジメはよくないと思うよ」
触れてはいけないゾーンに触れた二人に我慢出来ず、篤哉は口を挟んでしまった。
「なんだよ、おっさんは引っ込んでろよ」
「小学生相手に手を上げたって拡散すんぞ」
「何その脅しこええ。というかおっさんじゃないよ。お兄さんはまだ二十歳だ」
「おっさんじゃん」
「おっさんだよなー」
なかなか生意気だが相手は小学生だ。篤哉は心の中だけで泣いてなるべく普段の表情を作った。
「田中くんと中田くんはさ、自分が言われたくないことを言われたらどう思う? 悲しくならないか?」
「は? 別にどうも思わねーし」
「てかさ、おっさんマジで二瀬の友達なの? お金で買った的なやつなんじゃねーの?」
小学生にまでこんなことを言われるのかと篤哉は世界を呪った。
どうやら言葉で二人を諭すのは自分には無理そうだ。かといってこのままだと彩月が学校でいじめられてしまう可能性もある。
どうするかと悩んでいると、円盤状のものを打ち合って相手の陣地に打ち込む例の対戦ゲームが目に入る。
「よし、それじゃあここは男らしく、ゲームで決着をつけようか」
「エアホッケーでオレたちに勝負挑むとかおっさんアホか? オレたちこの千曲じゃ敵なしなんだぜ?」
「しかもおっさん手ケガしてんじゃん。そんなやつに勝ってもなーって感じ」
「君たちの言う通り、お に い さ んは手を怪我してて実力が出せない。なので、君たちの相手をするのはこの二人だ」
篤哉の両脇にいたひかりと彩月の肩に手を置く。
「はあ!? 女と勝負なんかできるかよ」
「千曲じゃ敵なしなのに女の子に負けるのが怖いのかい?」
挑発的な目で見てやると、田中と中田の目の色が変わる。
「んなわけないじゃん! いいぜ、やってやろうじゃねーか! な、康太」
「おう!」
生意気だけど素直な子たちだ。
「というわけで彩月、ひかり。行けるか?」
「うんっ。なんだかおもしろそう!」
「ぐちゃぐちゃのコナゴナにしてあげる」
「いやそこまでしなくていいから」
「それでは試合前に確認します。彩月ひかりチームが勝ったら、田中くんと中田くんは彩月にごめんなさいすること」
篤哉の言葉に、少年二人は頷く。
「田中くん中田くんチームが勝ったら、彩月が一つだけ二人の言うことを聞いてくれます」
「は? ちょっとあつにぃ」
「ひかりちゃん、大丈夫だから」
彩月に宥められてひかりは黙った。彩月が言うことを聞いてくれるという言葉で、心なしか少年二人の目つきが変わった気がする。
「なあおっさ……兄ちゃん。ルールは10点先取のオーソドックスタイプでいいのか?」
「え? ああうん、それでいいんじゃないかな」
「最初にパックをセットする時以外はマレットでしかパックに触れない、でいいんだよな?」
「あ、はい、そうっすね」
聞きなれない専門用語が少年たちの口から出てきて篤哉は焦る。でも、たぶん彩月たちが勝てるはずと自分に言い聞かせた。
試合は始終シーソーゲームだった。田中と中田は敵なしと言うだけあって動きは良かったし、彼らが押している場面の方が多かった。
しかし、彩月も持ち前の運動神経を発揮し、ひかりもガンを飛ばしたり彩月に色仕掛けさせたりと卑怯……搦め手を使ったりして食らいついていた。
結局試合は9対9までもつれ込んだ。
「広人。最後のサーブはオレに打たせてくれ」
「康太……」
「オレ、この試合が終わったら二瀬に友達になってもらうんだ……」
「おいバカそれフラグ」
田中少年のその言葉で試合が決した。
「約束通り謝る。ひどいこと言ってごめん」
「オレもごめん」
試合の後で二人は素直に頭を下げた。彩月はそんな二人に笑いかける。
「もういいよ。仲直り。ねっ」
少年二人の顔が真っ赤になる。それを見て今度はひかりが楽しそうに言った。
「この子たち彩月のこと気に入ってるみたいだし、友達になってあげたら?」
「うんっ。わたしでよかったらお友達になってほしい」
「べっ、別にいいけど」
「よかったな、康太」
「般若の姉ちゃんって結構いいやつなんだな」
「誰が般若よ!」
ゲームコーナーを去っていく二人を見ながらひかりが言った。
「彩月、モテモテだね」
「そんなことないよー。ひかりちゃんだって告白されたんでしょ?」
「あれは……まあそうだけど」
篤哉は一人考えていた。
もしひかりと彩月が自分に懐いてくれなかったら、二人は普通に同年代の男の子を好きになったのだろうか、と。
それは自然な流れのはずなのに、想像すると胸が痛む。
「あっくん、次はあれやろう」
「あつにぃ早く。置いてっちゃうよー」
たとえいけないことであっても、もう少し二人の笑顔を見ていたい。二人の楽しそうな声を聞いていたい。
自分の中にある、もう隠しきれないくらい大きくなったものを感じながら、二人のもとへ歩いていった。
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田中 康太 たなか こうた
彩月のクラスメイト。生意気でいじめっこ。実は彩月のことが気になっている。
中田 広人 なかた ひろと
彩月のクラスメイト。生意気でいじめっこだが、康太よりほんの少しだけ大人な部分がある。実は彩月のことが気になっている。
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