第30話 自分の意志で


「まさか同じことを考えていたとは……」


「せっかくのクリスマスだもん、ふんいきは大事にしたいよね」


「それにしてもあつにぃのはしゃぎよう、今思い出しても面白いんだけど。動画撮っとけばよかったなー」


「う、うるさいなあ。寝ぼけてて本当にサンタさんからだと思ったんだよ」


「かわいいなああっくんはもー」


 朝、昨夜の残り物をつまみながらの会話で篤哉は真実を知った。寝ぼけた頭で一人はしゃいでしまったのは恥ずかしいが、サプライズをしようと考えていたのは二人も同じだったと知り、なんだか嬉しい気持ちになる。


「ねえねえあつにぃ、今日はどうするの?」


 12月23日水曜日。篤哉にとっては二連休の二日目。二人は朝から機嫌が良さそうだ。


「そうだなあ、二人はどうしたい?」


「昨日はおうちで過ごしたから、今日は外に行くのもいいなあ」


「じゃあさ、モールの方行ってみない? 買い物するのもいいし、あつにぃのウワキ相手をチェックするのもいいし」


「だから浮気とかしてないから。俺にはその……ふ、二人だけだから」


 顔を真っ赤にした篤哉に向かって二人は無言でスマホを向けた。そして、容赦なく撮影しまくった。


「もーかわいい! お持ち帰りしたい!」


「あっくんもう一回言って! お前たちがいないと生きられないって言って!」


「そんなこと言ってねえ! おいやめろ、撮らないでください!」


 最近はこうして手玉に取られることも多くなったなと思う篤哉だった。


「ちなみに、後でサンタさんの衣装着たあつにぃも撮らせてもらうから」


「マジっすか」




 家の外に出ると、門の脇に巨大な雪だるまが鎮座していた。それは以前初雪が降った日に彩月が作ったもので、あれから彩月とひかりは来る度に雪だるまを少しずつ大きくしていったのだ。

 今や篤哉の身長に迫るほどになったそれを、二人が雪を集めてさらに強化している。


「どんだけでかくするつもりなんだ。なんかちょっと怖いんだけど」


「マモルくんは守り神だからね。いくら大きくてもいいんだよ」


「そいつそんな名前だったのか……」


 しばらくしてようやく満足した二人を連れて雪道を歩きはじめた。




 何分か歩いたところで、見知った大男に声をかけられた。田渕五郎だ。


「おう、三人とも。ちょうど苺が採れたんだ、うちで食ってけよ」


 五郎が玄関から声をかけると、中から娘らしき女性が籠を持って出てきた。籠から顔を覗かせているのは、みずみずしくて粒の大きい苺だった。


 縁側で幸せそうに苺を頬張る二人を、篤哉はなんとなく庭の離れたところから眺めていた。


「おめえも大変だな、あつ坊」


 タオルを首からかけた五郎が汗を拭きながら声をかけてきた。冬だというのに半袖なのを見ると、この人は自分とは違う生物なのではないかと思ってしまう。


「大変って何が?」


 その質問に五郎は答えなかった。ただ篤哉と同じように、縁側ではしゃぐひかりと彩月を眺めている。

 なんとなく無言に耐えられなくなり、篤哉の方が口を開く。


「じいさんってさ、うちのばあちゃんのこと好きだったの?」


 その質問には笑って答えてくれた。


「ああ好きだったぞ。しずちゃんは俺たちのマドンナだったからなあ」


「それって、今も?」


 顔はまだ笑っていたが、今度はまた無言になった。

 際どい質問だったかと篤哉は焦る。


「ごめん、変なこと訊いて」


「俺はよう、今でも思うことがあるんだ。なんで50年前にしずちゃんを自分のものにしなかったのかってな」


「それは……でも、ばあちゃんは結婚が決まってて」


「理屈とかルールとか抜きに相手への気持ちが止まらなくなる。それもまた恋ってやつさ」


 そうなのだろうか。いや、そうなのかもしれない。間違った恋だからやめておこう、なんて簡単に諦めのつくような気持ちが本物だとはどうしても思えない。


「でも、間違ったことはどこまでいっても間違ったことなんじゃないの?」


「ああ、そうだな。だが、正しい選択をしても間違った選択をしても、どんな選択をしたって後悔がついてくるのが人生ってもんだ」


「そんなの、どうしようもないじゃないか」


 五郎は視線を篤哉に向けた。初めて見る五郎の真剣な表情だ。


「どうやっても後悔するなら、せめて自分の意志で選べ。考えてもがき苦しんで悩みぬいて出した答えなら、胸を張れ。誰かがケチ付けてきても笑い飛ばしてやれ。自分が出した答えに誇りを持て」


 それはまるで、篤哉が心の奥で無意識に欲しがっていた、真っ暗な海を照らす灯台の灯りのような言葉だった。選ばなければいけないという受動ではなく、選ぶという能動。

 自分の意志。それは責任とも言い換えられる。決断には大きな苦しみが付きまとうかもしれない。

 でも、その苦悶を全て飲み込んで前を向くことが選ぶということなのだろうと篤哉は思った。


「なんか、かっこいいこと言うんだな、じいさんって」


「おめえの三倍は生きてるからなあ。ついでに女の落とし方も教えてやろうか」


「はは、すぐそうやってふざける」


 再びひかりと彩月の方へ視線を向ける。二人はこちらに向けて手を振っていた。


「あっくん、そろそろ行こう!」


 五郎にお礼を言って、篤哉たちはまた歩きはじめた。




 モールに着くと、平日なのになかなかの賑わいを見せていることに驚かされた。本来のクリスマスイヴが明日に迫っているので、その買い物客がほとんどなのだろう。

 入り口の案内板の前で立ち止まる。


「さて、まずはどうしよっか」


「お洋服とか見に行く? あっくんの服選んであげたい」


「いい考えね。まずは服を見に行きましょ」


「服……服屋かあ」


「どうしたの?」


「いや、うん。なんでもない」


 このサウザンドモールに若者向けの服屋は一店舗しか存在しない。それはもちろん篤哉の働いている雑貨屋の斜め前の店のことであり、そこへ行くなら彼と顔を合わせることになる。

 悪いやつではないのは確かだが、疲れるやつなのもまた確かだ。

 篤哉は少し重い足取りで服屋へ向かった。





「あつをウェーイ! ウェーイ! ウェーイ!」


「いつもの3割増しでうぜえ……」


 三人を出迎えたのは残念ながら篤哉の予想通り翔で、店に入るなりいきなりハイタッチさせられた。もちろんひかりも彩月もだ。


「え、なにこの……え? あつをって誰?」


「俺のことらしい。まあそこはあんまり突っ込むな」


「あんだよあつをー。両手にフラワーじゃねーかよーこのー」


 嬉しそうな翔の肘鉄を押し退けながら、仕方なく二人に紹介することにした。


「二人とも、このちょっとアレな感じの人は翔。残念ながら俺の友達だ」


「あ、最近あっくんに出来たお友達だね」


「カケルでぇーっす。趣味は世直しでぇーっす。ヨロピクぅ」


 Vサインを顔に当ててウィンクしながら言う。彼なりの挨拶なのだろうが、篤哉とひかりはかなり温度差を感じていた。

 しかし、彩月にだけはなぜか好感触だったようだ。


「二瀬彩月でーっす。趣味はあっくんのお世話でーっす。ヨロピクぅ」


 翔の挨拶をほぼコピーして返していた。

 同じ挨拶を彩月がやると可愛らしさが溢れていた。


「おっ、なんだよなんだよー。サッチーわかってんなー」


 ウェーイ、と翔と彩月がまたハイタッチを交わす。

 篤哉はちらりとひかりを見たが、ひかりは既によそ行き用の顔になっていた。


「わたしは桐生ひかりっていいます。篤哉さんの従妹です。よろしくお願いしますね」


「ウェーイ! ピカリンもヨロピクぅ!」


「ピカリンって言うなコラぁ!」


 ひかりが被った皮を一撃で剥がす翔を見て、篤哉は素直に感心した。

 そして、恐らく止めを刺す感じになってしまうが、一応伝えるべきことは伝えようと思った。


「あー、ひかり。実はもう一つ残念なお知らせがある」


「なによ」


 外面を破壊され、やさぐれたひかりが篤哉を睨む。


「実はこいつ、天空翔って名前でな」


「は? まさか天空先輩のお兄さん!?」


「んー? あー、おーけー把握した。ピカリンは昴とオナ中的なあれかー」


「うそでしょ……信じられない……」


 この世の終わりのような顔をしたひかりに掛ける言葉は思い付かなかった。




 その後は翔の案内で店を回っていき、翔と同じくらいテンションの高い彩月とやけくそになったひかりの着せ替え人形となった。


「もう春物置いてるんだ。あ、これよさそう。あつにぃ、ちょっとこれ着てみて」


「えー、ピンクは似合わないと思うんだけど」


「ぜったい似合うよー。春はさわやかあっくんで決まりだね!」


 薄い桃色のシャツを渡されてその場で羽織ってみる。

 ひかりも彩月も満足そうに頷く。


「ほらやっぱり似合う。これはキープだね」


「他には……あっ、ひかりちゃんあれ!」


 二人に連れ回されるのは意外と悪くなかった。ただ、周りから見て自分たちがどんな風に映るのかはやはり気になるところだ。周りを気にして怯えるつもりはなかったが、少しだけそんなことを思った。


 1時間近くかけて店を三周ほどしたところで商品を持ってレジへ向かう。

 レジには流輝亜がいた。会釈すると、普段より愛想のいい笑顔で流輝亜が言う。


「ちょ、やべえ。かわいすぎんだけど。え、何、二人ともあつをのカノジョ?」


 からかっているわけではなく素で言っているように見えた。悪い気はしないが、少し照れてしまう。


「そう見えます?」


「少なくともアタシがキュンとくるぐらいにはねー」


「流輝亜さんでもそういう事言うんですね」


「あのなー、アタシだって乙女なんだぞコラ。てかアンタたち見てると携帯小説思い出しちゃってさー」


 篤哉は知らなかったが、インターネット上に素人が自作の小説を投稿できるwebサイトがあるそうで、流輝亜は今とある作品にハマっているらしい。


「“光る胡瓜”ってペンネームで投稿してる人がいてさ、年の差カップルのでさー。チョー切ない話なんよ。あつをも読んでみ?」


「そうですね。頭の片隅に置いておきます」


 流輝亜と篤哉が話している間、ひかりと彩月は二人を観察していた。


「むう……大人なイケイケギャルだ。かなり手強そうだね、ひかりちゃん」


「大丈夫、たぶんあつにぃの好みじゃないから」


「でも前に、“好きになった人が好きなタイプ”ってあっくん言ってたよ?」


「なにそれ。つまり誰でもオッケーってことじゃない。そんなの絶対ダメ!」


「もうあっくんを本物のロリコンにするしかないね」


「フフフ……そろそろあつにぃロリコン化計画の段階を上げる必要があるかもね……」


 そんな話をしている二人を篤哉は呆れたように見る。


「全部こっちに聞こえちゃってるんだよなあ……」


「マジウケる。あつを愛されてんなー」




 会計を済ませ、流輝亜に挨拶をして店を出た。

 店を出たタイミングで誰かのお腹がぐうと鳴いた。咄嗟に彩月の方を見る。


「わ、わたしじゃないもん。女の子のお腹は鳴ったりしないもん」


「いや、初対面の時もめっちゃ豪快に鳴ってた気が」


「あつにぃ、女の子に恥をかかせる男ってどうかと思うよ?」


「うっす。自分のお腹が鳴りました」


 丁度時間も良さそうなので昼食をとることにした。


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