第29話 メリークリスマス
「ねえ、本当に一緒に寝たらダメなの?」
「ダメです」
「今日くらいいいじゃない。特別な日なんだからさあ」
「何と言われてもダメです。ほら、電気消すぞー」
いつもより遅い就寝の時間。本当は今日くらい三人で寝てもいいかと思っていたのだが、篤哉にはどうしても二人と一緒に寝られない事情があった。だから心を鬼にして二人の願いを断った。
電気が消えても二人の話し声はまだ聞こえていた。
「今日楽しかったね」
「そうだね。またやりたいね」
「またやろうよ。クリスマスじゃない日もパーティーしよう」
「そしたら今度こそわたしがゲームで一位になって、あつにぃにすごいアレなお願いするんだから」
「アレってどんな?」
「そりゃあアレよ。え、えっちなやつ」
「わあ……わ、わたしも次はお願い事それにしようかな……」
「聞こえてますよお二人さん。えっちなのはいけません」
「もー、あつにぃは頭が固いんだから」
「そういうのは二人がもっと大人になってからにしなさい」
「またあっくんがわたしたちを子供あつかいしてるー」
「待って、彩月。これは逆に言質取ったとも言えるよ。大人になったらえっちなこともオッケーってことでしょ?」
「あ、そっか。ねえあっくん、大人ってあと何年後くらい?」
「え、その……ひゃ、百年後」
「おいコラあつにぃ」
ひかりに恐ろしい視線を向けられたところで、篤哉は立ち上がった。
「あっくんどうしたの?」
「ちょっとトイレ。ひかりに睨まれてチビりそうだ」
「他人のせいにしないでよー」
寝室を出て、こっそり玄関へ向かう。外へ出るとキンキンに冷えた空気が出迎えてくれた。
暗闇の中外灯に照らされてキラキラと輝く雪に一瞬だけ目を奪われたが、足早に納屋へと向かう。用意しておいたプレゼントと流輝亜の店で買った衣装を持ってダッシュで家の中へ戻る。
居間で素早く衣装に着替え、付け髭も装着し、プレゼントは靴下に詰め込む。
「俺はサンタクロース、お髭がチャーミングなサンタクロース……よし」
自己暗示をかけて準備は整った。
寝室の扉を勢い良く開いて電気を点ける。
「ハロー、アイアムサンタクロース」
「え」
「は?」
例の真っ赤な衣装に身を包んだ篤哉に、布団の中のひかりと彩月は目を丸くしていた。二人が驚いていることに心の中でガッツポーズする。畳み掛けるように篤哉は続けた。
「よい子にはプレゼントじゃ。はいどうぞなのじゃ」
枕元にプレゼントを置いていく。一挙手一投足を二人にじっと見つめられる。
「それでは良い夢を見るのじゃぞ」
そう残して優雅に寝室を後にする。
はずだった。
「わーい! サンタさんだー!」
「きゃー! サンタのおじさまステキー!」
「ごふッ、ちょ、ちょっと君たち!?」
扉を開ける寸前、勢いよく突進してきた少女たちを避けられずよろけてしまう。
二人にまとわりつかれたまま、サンタさんは布団に押し倒された。
「ま、まて、落ち着くのじゃ。話せばわかる、な?」
「サンタさんがせっかく遊びに来てくれたんだからおもてなししてあげなきゃ!」
「そうだよね! あつにぃにやったら怒られるけど、サンタさんなら優しいから許してくれるはず!」
「そうきたかちくしょう!」
そのまま二人は篤哉の上に覆い被さり、抱きついてきた。だけではなく、身体を擦り付けるようにしてくる。
「ちょっ、それマズい! ダメなやつ! ひぃ! 許して!」
篤哉が情けない声を上げると、二人の動きはピタリと止まった。
「あつにぃってホントえっちなことに耐性ないよね」
「だ、だからそれは……二人だからだよ。お前たちにそういうことされたら弱い」
「うん、知ってる。一緒にお風呂入った時もそうだったね」
本当は違う。こんな触れ合いが続いたら、いずれ篤哉の理性がもたなくなる。
もし篤哉が堪えられなくなって二人にそういうことをしてしまったら、間違いなく罪に問われるし、何より二人を怖がらせたくないと思っている。だから鋼の意思で本能を封じているだけなのだ。
でも、こんなことは言えないし言いたくもない。
「あっくん、ありがとうね」
「んぇ?」
「ありがとうはありがとうだよあつにぃ。わたしたちは感謝の言葉を述べてるの」
「ああ、プレゼントな。まあクリスマスだし」
「プレゼントも嬉しかったけど、あっくんのこういうところがわたしとひかりちゃんは嬉しいんだよ」
「わたしと彩月を楽しませようと思って用意してくれたんでしょ? この衣装」
こうも素直に喜んでもらえると、やはり胸にくるものがある。嬉しいというよりは幸せで満たされる感覚だ。
「ほら、あんまり遅くならないうちに寝よう」
「じゃあこのまま三人で寝ようね」
「いやっ、だからそれは……ほら、三人並んだら布団からはみ出ちゃうだろ」
「それなら布団をくっつければいいじゃない」
ひかりと彩月は素早く起き上がって自分たちの寝ていた布団を引っ張ってくる。
「はい、あつにぃは真ん中だよ」
もう抵抗は無駄だと悟った篤哉は、言われた通り真ん中に寝転がる。布団と布団の繋ぎ目なので、なんとなく座りが悪い。
それでも両脇にひかりと彩月が寝ると、幸福感で一杯になる。
「メリークリスマス」
一年のうち今日だけしか言えない特別な挨拶を口にして、篤哉は夢の中へと旅立った。
「……寝た?」
「うん。あいかわらず早いね、あっくんは」
二人は篤哉を起こさないようにそっと布団を抜け出す。
ひかりが寝室に置いた自分の鞄から小さな包みを取り出した。
「今回は二人からって形になるけど、来年からは別々にしないとね」
「うん」
プレゼントとして買った包みを新品の靴下に入れて、篤哉の枕元にそっと置く。
「メリークリスマス、あつにぃ」
「メリークリスマス、あっくん」
短い言葉に親愛を込めて、二人は布団に戻った。
ーーーー
「んあ……え、あれ?」
次の朝、いつもの癖で目覚まし時計を止めようと枕元に手を伸ばすと、妙な感触に触れた。
寝ぼけ眼で手にしたものを見る。靴下に入れられたそれは、どう見てもクリスマスプレゼントだ。
「うおおお! マジかよ! サンタさんいたわ! 俺じゃないじゃん!」
わけのわからないことを言いながら、篤哉は二人をハイテンションで起こすのだった。
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