第25話 めっちゃイケメンだったな
教師の事情聴取が終わって篤哉たちが解放されたのは、午後4時近くになる頃だった。
家に連れて帰ろうとする辰夫をひかりが頭を下げて説得し、篤哉と彩月の掩護射撃もあってか、辰夫はクリスマスパーティーを渋々承知してくれた。
ただ、“くれぐれもひかりを一人にしないでくれ”と何度も念を押された。
冬至を迎えたばかりの空は既に暗く、雪がちらつき始めていた。
辰夫の車で家まで送り届けてもらった篤哉たちは、居間に荷物を置いて一息つく。ひかりと彩月はおめかししたアーサーたちに挨拶していた。
とりあえず思うことは、ひかりが怪我もなく無事で本当に良かったということ。それと、警察沙汰にならなかったのも助かった。もし事情聴取が長引けば、今日のパーティーにも影響が出ていたところだ。
「やっと帰ってきたー、長かったー」
明るい声で言うひかりの顔を、篤哉と彩月は心配そうにちらちら見る。
「何見てんのよー」
「いや、もう平気なのかと思って」
「全然平気だし。あんなのちょっと絡まれてただけじゃない。はい、もう余計な気を遣うの禁止」
帰りの車の中でひかりはずっとこの調子だった。二人に心配をかけまいと敢えて気丈に振る舞っているのが丸わかりだった。
彩月はそんなひかりを見て、優しい言葉をかけるか普段通り接するか迷っているらしく、いつもより口数が少なかった。
ひかりが家に帰らず辰夫を説得した時点で、多少無理をしてでも自分や彩月と一緒にいたいと思ってくれたのだ。
そういうことなら、ひかりの意思は汲んでやりたい。
「そんじゃ、ぼちぼち切り替えてみんなでパーティーの準備するかー」
篤哉が言うと、ひかりと彩月もテンションを上げて応えてくれた。
「パーティーだー!」
「いえー!」
「……あ」
しかし、そこで篤哉は重要なことに気づいてしまう。
「……えー、みなさん。これからという時に水を差すようで申し訳ないのですが、ここで残念なお知らせがあります」
「えっ、どうしたのあっくん。ちょっとこわいんだけど……」
「ま、まさかクリスマスパーティー中止にするとか言わないでしょうね」
「中止にはしません。パーティーは予定通り開催したいと思います。が、わたくし手をケガして料理が出来なくなってしまいました」
右手を上げて篤哉は申し訳なさそうに言った。
教師に右手の切り傷を問い詰められた時、大事にしたくない篤哉は転んで怪我したと言い張った。カッターナイフはあの後女子生徒から奪い、折って証拠隠滅したので証明が出来なくなり、教師も被害者側が言うならとそのまま引き下がってくれた。
しかし、その後保健室に連れていかれて指まで動かないくらい包帯をぐるぐると巻かれ、まるで大怪我でもしたかのような痛々しさになってしまっていた。
「なあんだそういうことかー。お料理はわたしとひかりちゃんでやるから任せて! ねっ」
「そうそう。あつにぃは今日は大人しくしてること」
「それはありがたいんだけどさ、この包帯巻いたの君たちだよね? これ結構キツくて指も動かせないっていうか」
「結構ざっくりいったんだから仕方ないでしょ。文句言わない」
正直なところ、ひかりが言うほど怪我は酷くない。手のひらの皮を少し切った程度だ。それでも二人が一生懸命巻いてくれたので、今さら巻き直すなんて野暮なことはしないでおこうと思った。
「ちなみに今日はビーフシチュー作るつもりだったんだけど、いけそう?」
「ビーフシチュー……? うっ、頭が……」
「うん、知ってた。彩月は?」
「ううー、作ったことないー」
「材料は切ってあるから牛肉を炒めるところから頼んでもいいか? 俺は後ろから指示出すからさ」
「なんだ、それならなんとかなりそう」
「でもビーフシチューってけっこう時間かかるんじゃない?」
「たぶん2時間もあれば作れる。レシピに書いてあった。今からなら夕飯に間に合うよ」
「そっか。じゃあ、三人でお料理だ!」
彩月の言葉に、篤哉とひかりも笑顔になった。
本人の希望でメインのビーフシチューはひかりに任せることになり、彩月はその補助兼サラダ作りに回ってもらった。
「あ、なんかもういい匂い」
「バター炒めてるからな。もうそろそろ肉を投入しようか」
「これ? 全部入れちゃっていいの?」
「いいぞ。一気にいってしまえ」
鍋の底で溶けきったバターに牛肉を落とすと、温度差で蒸気が上がる。
「ジュワっていった! ねえジュワっていい音した!」
「テンション高いなこのシェフ。満遍なく焼き色が付くようにそのままこねくり回してくれ」
ひかりの隣の彩月は、まな板の上でもそもそと野菜をちぎっていた。ひかりの方は時々見ていないと危なっかしいが、彩月は要領よくこなしているので心配なさそうだ。
「地味な作業ですね、彩月シェフ」
「サラダはすぐにできちゃうからねえ。あ、ミニトマト食べる?」
そう言うと彩月は一つ摘まんだミニトマトを篤哉の口に押し込んだ。
「むぐ……」
「おいしい?」
「新鮮な味がしますね」
「あっ、彩月ズルい! あつにぃ、お肉食べる?」
「まて、それまだ焼けてないやつだから!」
そんな風に料理は賑やかに進んでいく。作業行程は具材を煮込むところまできた。
「あとは1時間以上することがありません」
「ふぅ……なかなか充実した時間だった」
「わたしはサラダ作っただけだから物足りないなー」
「そういえば全員昼飯食ってないけど、お腹はどんな感じ?」
「臨戦態勢に決まってるでしょ」
「今日はあっくんの分まで食べてしまうかもしれないよフフフ」
「忘れてるかもしれないけど、昼用に買ってきたパンもあるからな」
「あ、そっか。今日はごちそうたくさんだ」
そこでふと会話が途切れた。
無言になると、今日あったことをどうしても思い出す。
ひかりが気を遣って明るく振る舞ってくれるのは嬉しいが、本当は傷ついているのではないかと不安でもあった。
「あのさ、ひかり」
「ん? なあに?」
いざひかりの顔を見ると、聞くのを躊躇ってしまう。篤哉はひかりへのダメージが少ないと思われる話題に触れた。
「あのスバルって子なんだろ? ひかりに告ったのって。めっちゃイケメンだったな」
「まあ、天空先輩は学校で一番人気あるらしいし」
「一番人気か。ひかりも勿体ないことを……ん? あまそら先輩?」
「変わった名字でしょ。千曲では他にいない名字なんだって」
「へ、へえ……ふーん、ほーん」
「え、なんで急にキョドってるの?」
「いや、つい最近出来た友達も天空って名字だったなあと」
「そういえばお兄さんがいるって聞いたことがあるけど、世間はせまいねえ」
「わたしはあっくんにお友達が出来たのに報告がないのが気になるよ」
「そんなルールあったっけ……」
「天空先輩のお兄さんか。すごく真面目な人なんだろうな」
今日の事情聴取では、スバルは全ての罪を被ろうとしていた。しかし、例のリーダー格の女子生徒がそれを否定し、自分がけしかけたと言い張った。どっちも譲らずに話は泥沼、教師たちも根負けして、ピアスなどの校則違反を除いて全員無罪放免という結末となった。
その結末をひかりがどう思ったかはわからないが、聞いて思い出させるのも怖い。
教師たちが乗り込んでくる直前の短い会話を思い出しても、スバルがどんな人間なのかを少しだけ知ることが出来た気がする。
しかしその兄があのカケルなのだと考えると、なんとも言えない気持ちになる。
「結構苦労してるんじゃないかなあ、スバルくん」
なんとなく、スバルのことは他人と思えないのだった。
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