第21話 愛ってやつは
金曜日の昼休み、篤哉は店の外のベンチに座っていた。不本意だが、待ち合わせをしていたためだ。
「ウェーイ! あつを昨日ぶりー。お久しぶりぶりー」
手を上げて軽快に歩いて来たのは昨日知り合ったばかりの天空翔だった。
「開幕うぜえ……。てか篤哉だって言ったろ」
「でもよー、あつをってなんかあつをっぽくね?」
「ぽくねーよ。お前のことも変なあだ名で呼ぶぞコノヤロウ」
「お、いいじゃん。そーいうのオレは全然ウェルカムよ? 見せてもらおーか、あつをのセンスってやつをよお」
「あーいや、やっぱ考えるのめんどいからいいや」
「っかー! あつをノリわりー!」
この天空翔という男は、とにかくテンションが高く声が大きい。なのに、周りの目など全く気にしていない。自分とは完全に違うタイプの人間なのに、隣に居合わせている自分が不思議に思える。
昨日の帰りにカケルからアドレスを交換しようと言われ、仕方なく言う通りにした。
その5秒後に明日の昼を一緒に食べようという旨のメールが届いたのだ。
もちろん“この距離なら口頭で伝えられるだろう”と篤哉は突っ込んだ。
そんなことがあって、篤哉は今こうしてこの変な生物と一緒にいる。
そのまま二人で並んでベンチに座り、弁当を取り出す。
天気も良く風もない気持ちのいい気候だったが、隣にいる顔を見て篤哉は微妙な気持ちになる。
カケルはものすごい勢いで弁当を貪っていた。
「あーうめー、この弁当うますぎんですけどォ! オレを殺す気かよおおお!」
「カケルってメシの時もうるさいのな。黙って食えんのか」
「ばっかおめー、これは感謝の気持ちを表してんだよ。弁当作ってくれた人によお。わたくし、遺憾の意をひょーめーします」
「そんなもの表明すんなし」
しかし、カケルの弁当は確かにうまそうだ。栄養のバランスも考えられていて彩りも目に楽しい。
「それ、誰かに作ってもらったのか?」
「あーそれ訊いちゃう? 訊いちゃうねえ?」
「嬉しそうだなあオイ」
「カノジョに作ってもらったんよ。愛しのハニーのハイサイ弁当ってわけ」
「沖縄の人かよ。ってか、彼女いるのか」
「しゃーねえ、あつをはマブダチだし特別に教えてやっかあ。うちの店の店長がオレのカノジョ的な?」
「ほー、店長さんと。年上だよな?」
「27だ。オレとは8つ離れてっけど年の差なんて関係ねえべ。愛ってやつは寛容なんよ。年上だからとか年下だからとか、そんなつまんねーモンに縛られてるやつはホンモノの愛を知らないかわいそうなやつだわ」
自信満々に語るカケルがとても眩しく見えた。そして、自分の気持ちに正直でいられる真っ直ぐさに嫉妬した。
悔しいが、少しカケルのことを見直してしまった。
弁当を食べ終わったカケルは、立ち上がると空き缶を頭の上高くに掲げた。
「よっ……」
そのまま空き缶を放ると、空き缶は綺麗な弧を描いて6mか7mくらい離れたゴミ箱に落ち、からんと小気味良い音を立てた。
「バスケやってたのか」
「高校の時になー。才能なくてずっとベンチだったけど楽しかったぜー。あつをは何かやってたん?」
「中学の時にサッカーやってたんだけど、膝の靭帯痛めてやめたなあ」
「ぶはっ、お互いせつねー青春だなあ」
「カケルは俺よりだいぶマシだろ」
この時にはもう、篤哉のカケルに対しての嫌悪感はすっかり消えていた。むしろ、思ったよりも真っ直ぐで好感が持てるくらいだった。
同世代の男友達とこんな風に会話したのはいつぶりだろうか。懐かしさと真新しさの混じった不思議な感覚に篤哉は心をくすぐられる。
それが意外と悪くなく思えて、昼休みの時間いっぱいカケルと語りあった。
ーーーー
その日の夜、冬休みについて考えていたことをひかりと彩月にメールした。
『考えたんだけど、クリスマスも年末もウチで過ごすのはやっぱり問題だと思う。家族で過ごす時間は大切だ。どっちか片方なら全然構わないから、クリスマスと年末、どっちをウチで過ごすか選んでほしい』
二人にメールを送って風呂に入る。風呂から出ても返信はなかったので、きっと悩んでるのだろうと思った。多少の文句は出るだろうけど、ここは譲れない。
そんなことを考えていると、ほぼ二人同時に返信が来た。
『クリスマス!(怒) あっくんのおに! from彩月』
『確かに家族は大切だもんね。じゃあクリスマスにしておく。ちなみにあほにぃは年末ひとりで大丈夫? fromひかり』
「二人ともめっちゃ怒ってんじゃん……」
クリスマスプレゼントで機嫌を取るしかないな、と篤哉は思った。
ーーーー
明けて土曜日。
この日も篤哉は仕事だったが、それ以外にもいろいろやることがあった。
まず、クリスマスケーキの予約をモールのケーキ屋さんで済ませる。本当ならもっと前から予約しないと受け付けてくれないのだが、美里の友人が働いているということでコネを使わせてもらい予約をねじ込んだ。
あとは彩月とひかりのプレゼントを決めなければいけない。商品棚とにらめっこをしながら唸っていると、バイトの愛が話しかけてきた。
「神蔵さん、どうかしたんですか?」
「ちょっと友人に渡すクリスマスプレゼントで悩んでて……」
「友人ってもしかして、こないだの? 彩月ちゃんでしたっけ」
「うん。その子とあと従妹にも渡すんだけど、どうせなら二人には喜んでもらいたくて、何にするか悩んでるんだ」
「いいなあ……近所の優しいお兄さんからプレゼントなんて羨ましいなあ」
「愛ちゃんって彼氏はいないの?」
「はいアウトー!」
「うおっ!?」
突然美里が会話に割り込んできた。愛も後ろ手で棚を掴んで怯えた表情だ。
「脅かさないでくださいよ……」
「だってさあ、篤哉くん彼女以外の子を口説こうとしてたじゃん。それは流石にお姉さんも見過ごせないよ?」
「えっ、神蔵さんってもう彼女いるんですか……?」
「いない、いないからね。美里さんも勝手に彼女にしないでください」
「でも時間の問題でしょ?」
「そんなことないです。あいつらはただの友達であって、そんな関係になる予定はありません」
「ん? わたし、彼女が誰のことか明言したつもりないけど、篤哉くんの言うあいつらって誰かにゃ? こういう話題に出てくるような子が篤哉くんにはいるんだねえ」
「もおおおおこの人めんどくせええええ」
「みなさん、真面目に仕事していただけると助かるのですが」
温厚な店長が珍しく睨んでいた。三人はそそくさと解散する。
こないだ優しかった美里はもうイジリモードになっている。いや、もしかしたら一昨日のアレは幻だったのかもしれないと篤哉は思った。
「俺に彼女なんてまだ早すぎるよなあ」
そんなことをぼやいて仕事に戻った。
ーーーー
「本当に定価で良かったんですか? 社員価格ということで多少は値段の融通が利くのですが」
「いえ、大丈夫です。店に迷惑かけたくないですし」
その日の仕事終わりに店長に相談して、二人のクリスマスプレゼントを確保した。
彩月には有名なキャラクターのぬいぐるみ、ひかりには以前二人で一緒に見た手帳と書きやすそうなボールペンのセットだ。
今月の24日、25日と篤哉は仕事なので二人と一緒に居られないが、その代わり篤哉が休みの22日、23日でクリスマスを前倒しにして祝おうと二人と相談して決めていた。
今年のクリスマスはどんな日になるだろう。雪の積もった道を歩きながら、初めて家族以外と過ごすクリスマスに思いを馳せた。
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