第20話 張り切っちゃう系


 二瀬家で夕飯をご馳走になった後、自宅に戻ったところでひかりからメールが届いた。そのやり取りで、告白事件の全容が明らかになった。


 ひかりに告白してきたのは、同じ中学に通うバスケ部所属の三年生の男子。ひかりとは委員会が同じらしく、すれ違えば挨拶を交わす程度の関係だそうだ。その先輩に突然呼び出されて告白され、ひかりは戸惑ったがはっきりと断った。

 ちなみにメールの返信が遅れたのは、辰夫にそのことを知られて問い詰められていたかららしい。

 篤哉の方から聞くまでもなく、ひかりは丁寧に説明してくれた。


 そして夜も更けてきた頃にひかりから電話がかかってきた。


『ほんとにもーサイアク。これからあの先輩にどう接していいのかわかんない』


「普通でいいんじゃないか? 何も悪いことしてないんだし」 


『そうなんだけど、なんかウワサが広まってるっぽくってさ。三年生の女子とかに。わたしいじめられちゃうのかなあ』


「あと少しで冬休みだからそれまで逃げ切れ。そうすりゃ冬休みの間に忘れてくれるさ」


『うん、頑張ってみる』


 普段のように会話が出来ていることに安堵した。ひかりはいつもと変わらず元気そうだ。


『あーあ、あつにぃに会えるまであと5日もある~。早く駆け込み寺に駆け込みたい。彩月にも会いたい』


「終業式は来週の火曜日だっけ。その日は俺も休みだから、それまで我慢して勉学に励みなさい」


『はあ~い。そのかわり冬休みはたくさん遊んでよね?』


「仕事もあるのでその兼ね合いも考慮していただけると」


『大人って卑怯だと思う』


 結局その日はいつもより遅くまで話をした。 けれど、篤哉の中に渦巻くものが薄れることはなかった。



ーーーー



 真っ白な景色の中で、ひかりが見たことのない男の子と楽しそうに会話していた。それを篤哉が少し離れたところから見守っている。

 だが、篤哉の声はひかりに届かない。いくら大声を出してもひかりが篤哉の方を見ることはない。

 やがて二人は景色に溶けるように消えていく。

 篤哉が伸ばした手は、届かなかった。



「っ……はぁ。夢か」


 意識がはっきりすると、どうしようもない疲労感に襲われた。夢の詳細はもう抜け落ちているが、ひかりに声が届かなかったことだけは思い出せる。

 頬に温かいものが流れた跡があった。


「マジか。どんだけ独占欲強いんだ俺は」


 何度も顔を洗ってから出勤した。



ーーーー



「何かあった? お姉さんに話してごらんよ」


 よほど酷い顔をしていたのだろうか。朝礼の前、美里に優しく声をかけられた。でもまさか正直に話すことなんかできない。年の離れた従妹を誰かに取られる夢を見て泣いた、なんて話したら、からかわれるネタが増えるだけだと思った。


「あー、実は昨日、感動もののDVD見ちゃって」


「ふーん、そっか」


 残念そうに美里は笑った。そんな顔を見ると、また罪悪感が湧いてきてしまう。


「あ、いえっ、別に美里さんのこと信頼してないわけじゃなくてですね」


「……もー、ほんと君はかわいいんだから」


 指先で鼻をつつかれる。普段なら恥ずかしいと思うはずが、なぜか悲しい気持ちになる。


「最近君がしんどそうだから、ちょっと心配だったの。話したいなって思ったらいつでも聞いてあげるよ。わたしは篤哉くんのお姉さんだからね」


「ありがとうございます」


 また増えた。優しさを貰ってしまった。 

 誰かに優しくされると嬉しい。けど、自分が誰かに優しくされるに値する人間なのか疑問に思ってしまう。

 最近こんなことばかり考えてるな、とため息をついた。


 今日はモールの全店舗総出での雪かきの日だ。最近また降雪量も増えてきたので、定期的に従業員全員で作業する日を設けているらしい。

 とはいっても、今の篤哉には細かいことを考える余裕はない。


「発散するにはちょうどいいか」


 雪かきにも慣れてきた篤哉は、スコップを握りしめた。


「神蔵くん、あまり最初から飛ばしすぎないように。後半が辛いですよ」


「大丈夫です。体力に自信がないわけでもないので」


 そのまま篤哉は勢いよく雪を削っていった。



 神菜の雪かきを手伝ったりしたせいか、スコップが手によく馴染む。少なくとも去年の冬よりも要領良く進められている。


 勢いを止めずにどんどん掘り進んでいく篤哉だったが、ある程度進んだところでスコップを制止させられた。


「ちょいちょいちょーい! その花壇からこっちはウチのシマだから。手出し無用だぜ兄さん」


 顔を上げると、金髪の男が不敵な笑みを浮かべていた。金髪に赤いシャツにストライプのスーツ、ネクタイはしていない。まるでホストのような出で立ちだ。この男もどこかの店の従業員だろうか。


「どこを誰がやっても同じことでしょう。今は雪を無くすことを優先的に考えましょう」


「だーかーらー、そんなに気張られっとオレのノルマが達成できないワケよ。何? お兄さんこういうの張り切っちゃう系?」


 しゃべり方も見た目も、篤哉があまり関わり合いになりたくないと思うタイプだった。それに、見たところ自分と同世代に見える。

 篤哉はなぜか対抗心のようなものが芽生えてくるのを自覚していた。


「無駄口を叩いてる暇はないはずです。手を動かしましょう」


 そのまま雪かきに戻る。すると金髪の男が篤哉の隣にピッタリくっついてスコップを動かし始めた。


「あんだよその態度、ケンカ売ってんの? ならオレと勝負しろや」


「は? いや、勝負とかじゃなくてこれは仕事であって」


「オイオイチキッてんのかー? でかい図体のくせに自信ないのかなー? おーん?」


 分かりやすい挑発。今の篤哉には大人の対応を貫く余裕はない。軽く睨むと、金髪は不敵な笑みを崩さずにスコップの先でコツコツと雪をつつく。

 合図もなく二人は猛烈な勢いで雪かきを始めた。


 篤哉が金髪より前にスコップを進めると、金髪も負けじとやり返してくる。その攻防をただひたすら繰り返した。何回も何回も。周りがドン引きしてることにも気付かず、ただ相手より多く雪をかくことに集中する。

 そうして二人は汗を拭うこともせず、身体が悲鳴を上げているのも無視して、目の前の男に勝つためだけにひたすら雪をかき続けた。



ーーーー



 その日の業務が終了し、従業員たちが店に戻っていく。が、すっかり雪がなくなった路上には二人の男が大の字に倒れていた。みんなに見捨てられたわけではなく、どう声をかけていいかわからなかったのだ。


「ふぇ~……もう……動けねえ~……」


 篤哉が肩で息をする横で、金髪が情けない声を出す。最初の態度とは違いすぎて思わず笑いが込み上げそうになる。


「お兄さん、けっこうやるジャン?」


「そっちもな」


 なんとなく空気を読んで好意的な返しにしてみた。河原で殴り合いというのは経験なかったが、似たような気分だ。


「あーオレ、カケルって名前だから。次からは名前でヨロピク☆」


「はは、ノリがうぜー」


「あれえ!? 最初は丁寧だったのに結構口悪くね!?」


「いやだって、なんかもう、カケルには今さら取り繕う必要ないかなって」


「ウェーイ。オレって親しみやすいってよく言われるんだよねー」


「俺は神蔵篤哉。そこの雑貨屋で働いてる」


「オッケー。今日からオレたちはマブだぜ。よろしくな、あつを!」


「あつやだよ!」


 雪かきしてたと思ったら変な男に絡まれて、そいつと張り合うことになって。気づいたらその変な男は勝手に友達とか言い出していて。

 美里さんなら『これもまた青春』とか言うのだろうか、なんて考えたりして。


 限界近くまで身体を動かしたことで、もうすっかり胸のもやもやは解消されていた。不本意ながら、心の中で篤哉はカケルに感謝するのだった。



ーーーー



「いや~、絵に描いたような青春だねえ!」


「言うと思ったよ」


 店に戻ると、案の定美里が満面の笑みで声をかけてきた。冷たいスポーツドリンクを渡されてお礼を言う。


「あの、言うまでもなく見てましたよね?」


「もちろん。ていうか君たちのことはみんなずーっと観察してたよ」


「うわあ……恥ずかしすぎる……」


「これも若さというやつでしょうか」


 いつもより優しい目をした店長からは、湿布と栄養ドリンクを渡された。


「しかし、若いからと言って神蔵くんは無茶をしすぎです。雪かきよりも従業員の身体の方が何倍も大切なのですから」


「はい。ちょっとはっちゃけすぎました……」


「でも、いい顔になったね。こりゃーカケルくんに感謝かな?」


「そういやあいつ……カケルってここの従業員なんですか?」


「彼の名前は天空翔(あまそらかける)。19歳。うちの斜め前の服屋の従業員ですよ」


「なんてロマンチックな名前……しかも年下かよ……」


 こうして、天空翔の名前は篤哉の記憶に印象的に刻み込まれたのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


天空翔 あまそら かける


19歳。サウザンドモールにある服屋勤務。雪かきの日に篤哉と運命的(?)な出会いを果たす。良く言えば陽気で明るい人。悪く言えばウザくて変なノリの人。

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