第15話 これは決定事項です


 昼食の買い物をするため、二人は篤哉の家から少し離れたスーパーに寄った。その買い物中に、篤哉のスマホがバイブする。


「……マジかよ」


「どうしたの? 誰から?」


「ひかり。これからうち来るって」


「ほんと!? じゃあ三人分のお買い物しなきゃ!」


「あいつ辰夫叔父さんに負担かけすぎだろ……」


 このタイミングでうちに来るということは、また泊まるつもりなんだろう。

 最近は篤哉が土曜日に休みだと毎回彩月とひかりがうちに来ている気がする。あんまり良くないんじゃないかと思ってしまう。


「……あれ、神蔵さん?」


 考え事をしながらカートを押していたら、見知った顔に声をかけられた。


「愛ちゃんか。こんにちは」


 ファンシーショップの名誉社員(アルバイト)こと佐倉愛だ。


「そういえば神蔵さんは今日お休みでしたね」


「そういう愛ちゃんも休みかい」


「はい。今日は学校の友達とタコパするんですよ~。神蔵さんもお昼ごはんの買い物ですか?」


「ああ、うん。今日は友達と来てて……」


 そこまで話して、彩月がいないことに気づいた。どこに行ったんだろうと見回すと、向こうの肉売り場にいた彩月がものすごい速さで駆けてきた。


「あっくん、その人だれ?」


 彩月はキャベツ半玉と豚肉のパックをもってにこにこ笑っていた。笑ってはいたが、声がいつもより高いような気がしていた。意識しないと気づかない程度の違いだが、なんとなく気になる。


「彩月、こちらは職場のアルバイトの佐倉愛さん」


「アルバイト……あっくんとお仕事が一緒なんですね」


「あのう……その子は妹さんですか? でも神蔵さんって一人っ子でしたよね?」


「あ、ああ。この子は俺の友達で、二瀬彩月さん」


「友達……そ、そうですか。どうも」


「よろしくお願いします、愛さん!」


 やっぱり何か変だ。彩月は超絶笑顔のはずなのにどこか固さがあるような。気が弱い愛は早くも逃げ腰だ。


「あー、あんまり時間取らせるのも申し訳ないからもう行くね」


「あ、はいっ。またお店で」



ーーーー



 買い物を済ませた帰り道、恐る恐る尋ねてみる。


「彩月、もしかしてさっきヤキモチ焼いてたりした?」


「へ? ううん、そんなことないよ」


「そっか……。でもなんか声が硬かったっていうか、いつもと違ったよな?」


「うん、きんちょうしてたよ。だってあっくんの仕事仲間の人でしょ? 失礼なこと言えないし」


「緊張? 彩月って初対面の人に緊張したりしてたっけ? 初めて会った時はそんな風にみえなかったけど……」


「あの時も最初は緊張してたよ。でも、わたしが追いかけてあっくんが転んだ時に、なんか気が抜けちゃって」


「あー、俺の情けない姿を見て安心したのか」


「情けないなんて思ってないよお。面白い人だなとは思ったけど」


 まだ二ヶ月ほどしか経っていないのに、ずいぶん昔のことに思えた。あれから彩月はうちに通うようになって、ひかりと出会って、ばあちゃんにも会わせて……。

 そこまで考えて、彩月は自分より年上の人間とばかり会っていたのに気づいた。さっきの愛だってそうだ。

 誰に会わせても彩月が普段と変わらないように見えたので、人見知りしない子なのかと思っていたが、違う。

 彩月は彩月なりに緊張していて、それを無意識のうちに周りに気づかせないように振る舞っていたのではないか。


「……俺、彩月のこと全然わかってなかったんだな」


 あまりにも彩月が利口で頭の回転が早かったから、彼女の本当の姿が見えていなかった。それが寂しく感じる。


「そういう風に思ってくれるってことは、今少しでもわたしのこと知ってくれたんだよね? だったらこれからもっとたくさん知っていってほしいなあ」


「そうだな。少なくとも彩月のこと知れる楽しみはまだまだたくさんあるってことだ」


 二人はちょっとだけ顔を赤くしながら家路を急いだ。



 家に着くと、門の前に彩月が作った雪だるまをひかりがせっせと大きくしていた。


「わたしがひかりちゃんにお願いしたの」


「そうか。いや別にいいんだ」


 彩月は守り神だと言っていたが、確かに神様なら大きい方が箔が付くような気がする。


「そのうちこの家より大きくするつもりだからよろしく」


 篤哉と彩月が帰ってきたことに気づいたひかりが得意げに言う。


「それは普通に迷惑なんだよなあ」


 家に入って荷物を整理して、彩月が手際よく料理を始める。

 篤哉とひかりも少しだけ手伝って、昼食が完成した。


「今日のお昼はなんと、彩月さんの手作り焼きそばです!」


「わ~!! 待ってました~!!」


「えへへ、二人のお口に合うといいな」


「いただきま~す!!!」


「んむぅ~……おいしぃ~」


「ほんとうまいなあ。なんでこんなにうまく作れるんだ」


「一応うちって母子家庭だからね。かんたんな料理くらいはひとりでできないと、お母さんいない時に困っちゃうから」


「彩月はえらいなあ」


「ねえ彩月、うちに嫁に来ない? 大切にしてあげるからさ」


「え~、ひかりちゃんのお嫁さんだったらなってもいいかな~?」


「普通にコメントしづらいわ」


「ついでにあつにぃもわたしのお嫁さんになればいいじゃない。まとめて面倒見てあげる」


「何それ! すごく楽しそう!」


「どんな状況だよ……」


 相変わらず三人で摂る食事は賑やかだ。それに何より、日を追う毎にひかりと彩月の仲がどんどん良くなっていって、今ではもう何年も共に過ごした親友のようだ。このままいくと本当にこの二人は結婚してしまうのではないかと心配になる。


「そういえばひかりちゃん。さっきスーパーで買い物した時にあっくんの職場の女の人に会ったよ」


「ふむ……どんな人だった?」


「んとね、高校生くらいで優しそうな人だった。それに巨乳さんだった。あっくん鼻の下のばしてた」


「伸ばしてねえ!」


「ふーん……巨乳ねえ。あつにぃはあれなの? おっぱいと結婚したいの?」


「何も言ってないのにすごい言われよう!」


「あ、そうだ思い出した。前にわたしもあつにぃの職場の女の人見たことあった」


「えっ、ひかりちゃんも?」


「うん。あつにぃより年上の人で、キレイでバリバリ仕事できそうな感じだった。あつにぃ鼻の下のばしてた」


「だから伸ばしてねえから!」


「ねえあっくん、あっくんはちゃんとロリコンだよね? 年下の方がいいよね?」


「それは前に二人にも伝えた通りだけどもさあ。なんかこう言い方がさあ」


「あつにぃの周りには女の子が多すぎる。これは由々しき事態だわ」


「確かにどうにかしなきゃいけないね……」


「言うほど多くないと思うんだが……。というかさ、なんでそんなに疑うんだよ」


「じゃあ訊くけど、ロリコンってどこからどこまでのことを言うの?」


「え、それは……どうなんだろう」


「もし高校生も範囲に入ってたら、今日会った愛さんもあっくんのストライクゾーンってことになっちゃう!」


「うおおおめんどくせえ会話あああ」


ツッコミを入れながらも、篤哉は考えていた。確かに自分はロリコンで二人のことを気になってはいる。でも、もし二人に出会うのが数年後で成長した姿だったらどうなのだろう、と。その時もやっぱり今みたいに気になる存在になるのか。

二人が小さいから気になっているのか。二人だから気になっているのか。考えれば考えるほど深みに嵌まる気がした。




「そういえば二人に訊きたいことがあるんだけどさ」


「なあに?」


「ここのところ休日は毎回うちに来てるよな。今日みたいに俺が土曜休みならひかりも」


「そうだけど、それがどうしたの?」


「いや、二人とも学校の友達と遊んだりしないのかなって。タコパとかしないの?」


「なんでタコパ……。学校の友達は学校で会うでしょ? だったら休みの日くらいはあつにぃと遊ばないと」


「わたしも、休日に学校のお友達と遊んだことはないかな」


「真面目な話さ、もし俺がいるせいで二人が学校の友達と遊べないなら、ちょっと考えなきゃなと思って」


「あつにぃは余計なこと考えなくていいの。わたしも彩月も望んでここに来てるんだから」


「そうそう。ただでさえあっくんに会えない日の方が多いもんね」


「ううむ……二人がそれでいいならいいんだけどさあ」


このくらいの年齢なら同年代の友達と遊ぶことの方が多いはずだ。ひかりは猫をかぶる子で、以前同年代の友達にも興味を持てないと言っていたからなんとなくわかる。彩月もそうなのだろうか。

そういえば、彩月が天津川に越して来たのは四月頃だと言っていた。まだそこまで親しい友人はいないのかもしれない。


「あーあ、早く冬休みにならないかな。休みに入ったらずーっとここで過ごすのに」


「ひかりは遠慮ってものを知らないよね。冬休みも俺は仕事なんだぞ」


「ずっとってわけじゃないでしょ?」


「まあ、一応年末年始は休めるけどさ」


「じゃあさ、三人で年越しして、初詣も行けるね」


「そこは流石に家族と過ごした方がいいんじゃないか?」


「えー、あっくんとひかりちゃんと過ごしたい」


「今年はクリスマスも年末もお正月も三人で過ごすの。これは決定事項です」


「わーい」


「うん、知ってた。俺に決定権なんてないよね」


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