第13話 一秒で気づけるくらいには
次の日の昼休み、ひかりからメールがあった。それを確認していると美里が声をかけてきた。
「彼女からメール?」
「違いますよ……。従妹が泊まってたんですけど、今日の昼には迎えがくるから帰るって。それだけです」
よほど辰夫が心配したらしい。さすがに連泊はあの娘溺愛叔父さんには耐えられなかったようだ。ただ、辰夫本人は仕事なので迎えに来るのはひばりの方らしい。
「いとこって、こないだうちに来た千曲西中の子だよね? あれから会ったりしてるんだ?」
「そうっすね。一緒にばあちゃんのお見舞いに行ったりもしましたよ」
「あら~、これはもう付き合うのは時間の問題ってところかな?」
「美里さんが楽しそうで何よりっす」
「篤哉くんに彼女が出来たらわたしの妹も同然だものね~」
「勝手に姉にならないでくださいよ」
今日ひかりが家に帰ってしまえば、また一人の生活に戻る。篤哉としては、ほっとしたような寂しいような、妙な気分だった。
「さて、そろそろ休憩終わりっすよ、美里さん」
「はいはい。わかってるわよ」
篤哉と美里が店に出ると、バイトの女の子が涙目でレジに囚われていた。
「ふえ~ん、神蔵さんと折山さん、助けてください~」
休日だけバイトに入ってくれている高校生の女の子だ。名前は佐倉愛。けっこう気が弱い。
見るとレジにはそこそこ行列が出来ていた。今日は三連休で一番の客入りだった。
「わたしもレジ入るから、篤哉くんはお客様の対応お願いしてもいい?」
「了解っす」
本当は人を相手にするより黙々とレジを打っていた方が気が楽だ。けど、今は美里がレジに入って客を捌くのが一番効率がいい。
美里がレジに入ったのを見届けて、店内を見渡した。
今日はほとんどが家族連れのお客さんだ。どのお客さんも楽しそうに商品を選んでいる。
ぐるっと店内を見ていると、どこかで見たような少女を見つけた。それが誰なのか篤哉が気づく前に、向こうから元気に声をかけられた。
「やっぱりあっくんだ!」
小走りで近づいてきたのは彩月だった。昨日は色々あったが、どうやら今日は元気いっぱいらしい。
「ひかりちゃんに教えてもらったの。あっくんがここで働いてるって。だから来ちゃった」
嬉しそうな顔に釣られて笑いそうになるが、仕事中なので営業スマイルに留めた。
「一人で来たのか?」
「ううん、違うよ」
そういって振り向くと、彩月の後ろから母親が歩いてきた。
「こんにちは」
篤哉はできるだけ自然な笑顔で頭を下げた。
「どうも」
顔は笑っていなかったが、彩月の母親も会釈を返してくれた。
「今日はお仕事お休みですか?」
「ええ。基本的に土日と祝日は休みですので」
篤哉は少し驚いていた。今までは休日になると彩月を外に遊びに行かせていたと彩月に聞いている。だから今日も家で例の男と会っているものと思っていたのだが。
「今日はね、わたしのために買い物に連れてきてくれたんだよ」
「そう、だったのか」
彩月の母親は少しだけ恥ずかしそうにそっぽを向いていた。
昨日は身勝手な母親というイメージを抱いたが、彼女はちゃんと彩月を愛している。だからこうして彩月のために時間を使っているのだ。そのことに、少し安心した。
「あ、そうだ。今日は後でわたしのスマホ買いに行くから、買ったらすぐあっくんにメールするね!」
「おお、ついに彩月もスマホデビューか。これでお母さんといつでも連絡とれるな」
「もちろんそうだけど、あっくんともいつでも連絡とれるんだよ?」
「う、うん」
ちらりと母親の方を見ると、目が合った。すると彼女は少し怒ったように言う。
「今までは確かに彩月との時間を満足に取れていませんでした。それに連絡手段もないまま外に遊びに行かせるのも、今のご時世では危ないですし」
それは俺のことを言っているのだろうか。言ってるんだろうなあ。と心で泣いた。
「ともかく、昨日彩月とも話をして、あなたが仰ったことも一理あると思ったわけです。だから改めて感謝を言っておきます。娘がお世話になり、ありがとうございました」
「お母さん……」
「そ、それに……」
何か言いにくそうにしていたが、母親は篤哉から目を反らして続けた。
「昨日は、その……すみませんでした。失礼なことを言ってしまって」
その言葉を貰えるとは思ってなかった篤哉は、ぽかんと口を開けたまま止まってしまう。
「彩月、そろそろ行くわよ」
「はーい。また連絡するねあっくん」
「ああそれと、わたしは二瀬神菜と申します。あなたにお母さんと呼ばれる筋合いはありませんので」
それでは、と短く会釈をして、神菜は彩月の手を取り人混みに消えていった。
なんだか信じられない気持ちだった。ほんの少しだけでも自分の言葉が他人に届いたのだと、胸が熱くなった。
ーーーー
「従妹ちゃんの次は親子丼ですか……。流石にお姉さんもドン引きだわ……」
「うぉう!」
急に声をかけられて思わず変な叫び声を上げてしまった。
「てかまた見てたんすか……」
「まあねー。で、さっきの親子は?」
「娘の方と最近知り合う機会がありまして。その流れでお母さんの方とも顔見知りになったって感じです」
「やっぱ親子丼じゃない……典型的なパターンじゃない……」
「いい加減その下品な発想やめてもらえませんかね」
レジの方は一段落したようだ。バイトの愛がにこやかな表情でお客さんと話している。
「でもさ、従妹ちゃんどうするの? 本命なんじゃないの?」
「本命とかないです。それにひかりは彩月と仲良しですよ」
「ほうほう、ひかりちゃんに彩月ちゃんね。メモメモ」
「メモとんなし」
「しかしまあ、いつの間にか篤哉くんに二人もガールフレンドが出来てたなんてねえ」
「普通の友達です」
「どう見ても普通の友達に向ける視線じゃなかったけどなあ。これは従妹の……ひかりちゃんだっけ? にも言えることだけど」
「え、そんなに不自然でした?」
「見る人が見れば一秒で気づけるくらいには」
「マジかよ……」
「本当なら女の子は泣かせちゃダメよって言いたいんだけど、最終的にはどっちかが泣くことになっちゃうのね……。まったく、罪な男なんだから」
それを聞いて篤哉は固まってしまった。二人のどちらかを選ぶなんて想像すらしていなかった。
けど、もし途方もないくらい小さな確率であの二人の片方とそういう関係になったとして、もう片方はどうなるのだろう。
その先を考えることを、脳と心が拒否していた。
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二瀬神菜 ふたせ かんな
彩月の母親。32歳。三年前に夫を亡くし、その後は一人で彩月を育てながら生活してきた。物覚えがよく頭の回転が速い娘が誇りでありコンプレックスでもある。人見知りする性格。
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