第9話 これから俺はすごいことを言う


 ひかりと彩月が風呂から上がると、既に夕飯の準備は整っていた。カセットコンロの上でグツグツと美味しそうな音を立てている鍋が今日のメインディッシュのようだ。

 篤哉は上座で目を瞑って静かに待っていた。


「あのー、あつにぃ?」


「そこへ座りなさい」


「う、うん」


「ほら、彩月も」


「は、はい」


 二人が席につくと、篤哉はゆっくりと話しはじめた。


「どうしてあんなことをしたんだ?」


その言葉に二人が慌てたように口を開く。


「ごめんなさいあつにぃ!」


「わ、わたしもごめんなさい!」


「ああいや、怒ってるわけじゃないんだ。結局俺も最後には流されてたしさ。ただ、どうして一緒に入ろうとしたのか、理由が知りたいだけなんだ」


 篤哉の口調は普段とあまり変わらない。それが余計に二人を恐縮させてしまう。

 それに怒ってないとは言っても、今の篤哉は疲れきっているように見えた。だからやっぱり正直に話すしかないと二人は思った。

 

 先に口を開いたのは、彩月だった。


「あの、ね。あっくんにわたしとひかりちゃんのこと、女の子って意識してもらいたくて。だからあっくんが入ってるところにお邪魔したの」


 言葉を聞いて、視線をひかりに移す。ひかりも申し訳なさそうに頷いた。

 再び目を瞑って考える。篤哉が考えていたよりまともな理由だ。それならこちらもちゃんと答えなければいけないと思った。


「俺はさ、お前たちのことちゃんと女の子として意識してるつもりだよ」


「でもあつにぃはわたしたちのこと、結局は子供扱いしてる。それに気づいた時、すごく寂しくなるんだよ」


「まあ、どこかでそう思ってるのは認めるよ。実際二人はまだまだ親の庇護下にいなきゃいけない年齢なんだし」


「じゃあどうすればいいの? どうしたらわたしたちのこと女の子として見てくれる?」


 ひかりも彩月も真剣だ。


 篤哉はふうと短く息を吐いて天井を見上げる。これだけは言うまいと思っていたが、遂に話す時がきたのかもしれない。

 この衝撃の事実を知ったら、二人はどう思うだろうか。もう口もきいてくれなくなるかも。それだけならまだいい。もしかしたら警察のご厄介になる恐れすらある。

 篤哉は二人を見た。


「これから俺はすごいことを言う。驚かないで聞いてほしい」


「すごいことって?」


 呼吸を整えてもう一度天井を見る。もう一度二人に視線を戻す。


「実は俺の守備範囲は広くてさ、二人くらいの年齢もギリギリ入ってるんだ」


 ん? と二人は顔を見合わせる。そしてひそひそと何か話し合っている。

 内緒話を終えると彩月が口を開いた。


「あっくんごめんね。ちょっとわかりづらかった。もう少しはっきり言うと?」


「え、あの……」


 わかりづらかっただろうか。わかりづらかったかもしれない。そう思って言葉を変えてみる。


「ひかりとか彩月くらいの年齢の子でも、ちゃんと女の子として見るっていうか……お、俺は何を言わされているんだ」


「あっくんもう一声お願い!」


「え、えと……ひかりや彩月くらいの年齢の子が好み……うう」


「もう少し頑張って!」


「も、もうこれ以上はねえ!」


その瞬間ひかりが小声で呟くように言う。


「ひかりと彩月だけしか愛せない」


「アホか!」


 一旦落ち着こうと麦茶で喉を潤す。二人も同じように湯飲みに口を付けていた。


「つまりさ、あつにぃはロリコンってことでいいんだよね?」


「よくないよ。飛躍しすぎだよ」


「ロリコンでいいと思う。わたしはロリコンさん大歓迎だよ?」


「そ、そういう風に言われるとなんか変な気分になる!」


 思わずため息が出てしまうが、二人にはからかうような様子はない。だから篤哉も、あまり強くは言えない。


「まあ俺がその、ロリコン……に近い嗜好を持っていたとしてだ」


「うん」


「俺は二人のことは魅力的だと思ってる。ひかりにも彩月にもそれぞれ魅力があって、下手をすれば、その……こ、恋に落ちてしまう可能性だってなきにしもあらずんば」


「彩月、今の録音した?」


「オッケーだよひかりちゃん!」


「すんな!」


 ツッコミに疲れてきた篤哉は一度深呼吸した。かなり歪だけど、伝えようと思ったことは二人も理解してくれていると思う。

 でも、伝えるべきことはもう一つある。


「二人はまだわからないかもしれないけどさ、魅力的に思っている女の子と裸でお風呂に入るという行為は男にとってかなりキツいことなんだ」


「そう、なの?」


 ひかりと彩月は思い出す。篤哉のある部分がすごくなっていたことを。確かに苦しそうに見えた、かもしれない。そうか、あれは苦しんでいたのかと納得した。


「じゃあ、あっくんが苦しいのをわたしたちで治してあげることはできないの?」


 無知だからこそ出てくる言葉だろう。篤哉は失神しそうになった。


「そ、それはダメ、一番ダメなやつだから。そうならないために、一緒に風呂入ったりするのは今後禁止にしよう」


「えー……」


「えーじゃありません。ほら、メシにするぞ」


 本来ならこんな約束はするまでもない。でも今日の二人の勢いを考えると決まりを作っておかないと毎回風呂場に乱入されそうで怖い。

 これは二人が今後も篤哉の家に来るなら絶対に守ってもらわなければならないことだった。



ーーーー



「お鍋おいしい~」


「ほんとほんと、さいこう~」


「へこんでると思ったけど結構テンション高いのな」


「そりゃお風呂のことは悔しいけど、あつにぃがロリコンだってわかっただけで嬉しいもん」


「ロリコンではなく年下の子も守備範囲内ってだけだから勘違いしないように」


「あっくんもがんこだねえ」


「別にロリコンに偏見があるわけではないけど、微妙な差異があることは譲れないんだ」


「わたしね、あっくんに魅力的って言ってもらえて嬉しい。わたしもあっくんのこと魅力的って思ってるよ」


 彩月は頬を染めてはにかんだような笑顔で言う。そういう言葉を貰うと、やっぱり悪い気はしない。


「わたしだって思ってるもん。2歳くらいの時からあつにぃが魅力的だって思ってた」


「それは流石に盛り過ぎだろ」


 結局は篤哉も嬉しいと思っていた。恋愛対象だと宣言した二人にここまで言われれば誰だって理解する。周りに誰もいなければ飛び上がって喜んだかもしれない。


 けれど、それはやはり世間的に見れば良くない部類のことで、もしもその道を進んだとしても、篤哉だけでなくひかりや彩月も苦労をすることになる。

 二人からの言葉が嬉しいからこそ、篤哉はより考え込んでしまう。


「まああれだ、とりあえず食え。育ち盛りなんだからたくさん食ってぶくぶく太ってしまえ」


「なんてひどいこと言うのあつにぃ!」


「あっくんの“あ”は悪魔の“あ”だったよ!」


「文句をいいながらも箸は止められない二人なのであった」


色々考えなければいけないことはあるけど、やっぱりひかりと彩月のことは大事にしたいと篤哉は改めて思った。



ーーーー



「はぁ……帰りたくないなあ」


「今日は残念だったけど、また今度泊まればいい」


「今度ならお泊まりしてもいいの?」


「だって駆け込み寺なんだろ、うちは。だったらまあ、迷える子羊彩月のために門戸は開かれているべきだと思うし」


「あぅ……もう、もうっ!」


「痛っ、パンチすんな!」


「幸せパーンチ!」


「ねえあつにぃ、迷える子羊ひかりもいるんだけど?」


「迷える子羊ひかりもいつでももてなしてやるよ。あっおい地獄突きはやめろ!」


「あつにぃってばもう……!」


「いてっ、ちょ、待てひかり! 暴力反対!」


 そんなじゃれ合いをしてるうちに、彩月を送る時間はすぐそこまで迫っていた。


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