第8話 おいそこは尻だぞ


 風呂が沸いたと二人に伝えに行ったら先に入っていいと言われ、篤哉は言われたとおりに風呂場へ向かった。

 呼びに行った時には数分前と変わらず畳の上でゴロゴロしていたので、まだ疲れが取れないのだと思った。


「疲れてるならなおさらさっさと風呂に入ればいいのに」


 頭を洗いながらそんな言葉が出てくる。畳ゴロゴロが起き上がれなくなるのは篤哉も理解できるのでうるさくは言わないが。


「あ、そういや彩月の着替えどうすんだ」


 彩月は泊まって行かないとはいえ、風呂に入ったら着替えが必要になる。

 ひかりが余分に持ってきていればいいが。まあ最悪俺のを貸せばどうとでもなるか。


 篤哉がそんなことを考えながら頭を流していると、ガラガラと風呂場の戸が開いた音がした。

 しかし、頭からシャワーをかぶっている篤哉はそれに気づかない。どこか別の戸が開いたんだろうと気にも留めなかった。 


「お、おじゃましま~す……」


「はぅ……! あつにぃの裸……!」


「……ん? 誰かいるのか?」


 呑気にそう口にして、篤哉はピタリと静止した。

 誰かいるとしたらひかりと彩月に決まっている。すぐそこで二人分の声が聞こえたということは、つまり二人がすぐそこにいるということだ。

 幸か不幸か、篤哉は頭を流している最中なので、目を開けられないし動くこともできない。


「え!? ちょっ、あれ? 先に入っていいって言わなかったっけ!?」


「う、うん。そうなんだけど、あつにぃの背中流してあげようと思って」


「そ、そういうのいいから!」


「あっくんごめんね。今日はあっくんがわたしたちに色々気を遣ってくれたから、そのお礼と思って」


「いや、いやいやいや! 無理があるってそれは!」


 篤哉がパニックになっていると、持っていたシャワーが奪われた。


「わ、わたしが頭流してあげるから」


 そう言って恐る恐る髪をもみ洗われる。声からしてひかりだろう。


「じゃあわたしは背中流してあげるね」


「え、まって。マジで一緒に入るの? ダメに決まってる!」


「だ、大丈夫。クラスメイトでまだパパと一緒にお風呂入ってるって子もいるし」


「いや、それは家族という信頼関係があるからであってだね」


「じゃあわたしたちには信頼関係はないの?」


「そっ、それは……」


 彩月の無邪気な問いかけに言葉に詰まってしまう。確かに信頼はないこともない。いや、あると信じたいとは篤哉も思っている。

 でもだからってここまでのことをしてもいいかというと、どう考えても答えは否だ。

 何か下手を打ったら自分の名前が明日の朝刊に載ることになってしまう。


 篤哉が考えているうちに頭からシャワーが離れた。代わりに泡立ったスポンジが背中に当てられる。


「ああもう、一緒に入るのはわかったけど、ちゃんとバスタオルは巻いてるよな?」


「さすがに巻いてるよお。裸は恥ずかしすぎるし」


「ね、だから目を開けても大丈夫だから」


「お、おう」


 許可が出ても篤哉は振り向けなかった。声の近さと匂いだけで頭がクラクラしてしまう。

 想像もしなかった非日常がすぐ背後に迫っていた。


「よいしょっと。あっくん気持ちいい?」


「はい、気持ちいいです」


「なんで敬語なの?」


「わたしもあつにぃの背中流したいな。でもスポンジは一つしかないんだよねー」


「じゃあ手で洗ってあげればいいんじゃない?」


「はい?」


「よし。そうしよう」


 ひかりは最初の恥ずかしさなど忘れて、ボディソープをぬりたくった手で篤哉の背中を洗いはじめた。


「うひっ!?」


「ちょっと、変な声出さないでよー」


「く、くすぐったくてつい」


「え、気持ちよくないの?」


「いや、気持ちよくもあるんだけどくすぐったさとの狭間にあるというか」


「あっくんが気持ちいいならわたしも手で洗ってあげよっと」


「彩月さん!?」


 そうして篤哉の体に四本の手が自由自在に這い回ることになった。それはある意味天国で、ある意味地獄でもあった。


「あっ、おいそこは尻だぞ」


「ちっ」


「舌打ちやめい。尻は流石に自分で洗うわ」


「じゃあ前に移動しまーす」


「は? え、ちょっ」


 今まで視界に入らないようにしていたのでギリギリ誤魔化せたが、とうとう彩月が篤哉の視界へ入ってしまった。

 前言のとおりバスタオルは巻いていたものの、濡れた肌や髪、匂い、そしてバスタオルの下はおそらく何も着けていないのだと考えると、顔が熱くなってくる。


「うう……ここはばあちゃんの力を借りるしかないか……!」


「なあに? おばあちゃんがどうしたの?」


「な、なんでもない」



ーーーー



 拷問のような時間を静の力を借りて乗り切り、ようやく篤哉は湯船に入ることが許された。

 本当はすぐにでも風呂を出て行きたかったのだが、ちゃんと温まってから出ないとダメと二人に言われたのだ。


 その二人はというと、今はお互いの身体を洗い合っているようだ。


「あははは! ひかりちゃんくすぐったいよう!」


「こら、逃げないの! ふふ、彩月の肌はすべすべねー」


 なるべく見ないようにしてはいるが、どう繕っても篤哉は男であり、小さくとも彼女たちは女なのだ。そのことをしっかりと思いしらされてしまった。

 しかも、当初バスタオルを巻いていた二人は身体を洗い合う過程でだんだん大胆になり、今ではもうほぼ全裸と変わらない姿だった。


「理性だけは最後まで失わずにいよう……」



ーーーー



「ふう、お邪魔しま~す」


「うおおおい!」


 身体を洗い終えたらしい二人は、篤哉がまだ湯船に入っているにも関わらず、身体をねじ込むように入ってきた。


「あ、あーっと。それじゃ俺はそろそろ上がろうかな?」


「えー、もう少しだけいいでしょ?」

 

「そうそう。風邪引くわけにはいかないでしょ」


 目の前には何も纏っていない彩月がおり、無邪気にお湯をパシャパシャと波立てている。全てを篤哉の前に晒しながら。

 そしてひかりはというと、篤哉に後ろから覆い被さる形で座っていた。もちろん背中とピッタリ密着する形なので、ひかりの身体のどこがどうなっていてどの程度の柔らかさなのかが完全に把握できてしまう。



 やがて、訪れるべくして限界が訪れた。


「す、すまん! もう熱くて入ってられないから出る!」


 まくし立てるように言って篤哉は風呂を出ていった。




「や、やりすぎだったかな……」


「ど、どうかな……やりすぎたかも……」


 恥ずかしさと嬉しさと未知への好奇心とで二人の頭の中はぐちゃぐちゃだった。

 思考がまとまらず、しばらく放心していた。

 でも、二人とも自分の身体が熱くなっているのは、湯船のせいだけではないことはなんとなく感じていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る