少年は騎士になる

「明日から騎士になってもらうよ」

「…………え?」


 鐘子の言っている意味が分からず、翼は間抜けの声を漏らした。


「ちょ、ちょっと待ってください!俺が……騎士に?なんの冗談ですか」

「冗談ではないよ、嵐翼。マジで言ってんだよこっちは」

「なんで!?騎士になれるのは女性だけのはずじゃあ」

「確かに普通は……ね。だけどアンタは普通じゃないし、アンタの力が必要なんだよ」

「必要って……そんな俺のアビリティなんて別にそんな珍しくもなんとも」

「いいや、超レアだよ。アンタのアビリティは」

「!!」

「それにアンタは自分のことを過小評価しているようだが……それは間違いだよ」

「間違いって……アビリティや戦闘能力を強化するアビリティなんて他にもあるじゃないですか」


 翼の言う通り、アビリティを強化するアビリティは他にも存在する。

 アビリティには多くの種類があり、戦闘系や治療系、生産系などがある。


「確かにアビリティや戦闘能力を強化するアビリティは他にもある。だがね……あんたのアビリティほどの性能はないんだよ」

「なにを言って」

「これを見な」


 鐘子は服のポケットから一枚の紙を取り出し、翼に渡した。

 紙には色々な強化系アビリティのことや数値、グラフなどが書かれていた。


「これはなんです?」

「それは全ての強化系アビリティが書かれた紙だ。性能を細かく数値化している」

「これがなんです?」

「それを見て分かる通り、強化系アビリティの性能は平均で1.5倍。最も高いので2倍まで強化することができる」

「だからなんです?」

「アンタのアビリティは他人のアビリティをどこまで強化できると思う?」

「……2倍ですか?」

「10倍だよ」

「!10……倍!?」

「そう、10倍。しかも戦闘能力を強化し、そして相手に合った武器にもなる。こんなとんでもないアビリティは生まれて初めて見たよ」


 翼は言葉を失った。

 自分がアビリティを持つ女性を強くすることができるのは知っていた。

 だがまさか10倍も強化するとは思わなかった翼は、ただ呆然とする。


「これで分かっただろう?アンタがとんでもない化け物だってことを」

「でも……だからって騎士なんて。こっちは学校とかあるんですよ!それに家族も」

「……アンタには悪いと思っているよ。でもね……人類が生き残るにはアンタの力が必要なんだよ」


 現在、人類が生存している国は日本、アメリカ、フランス、イギリス、ロシアの五か国のみ。

 それ以外の国はジャイアントによって殲滅された。

 だから強力なアビリティを持つ者が必要だということは翼にも理解できた。

 しかし、


「俺は……普通に生きて、普通に死ぬって決めてるんです」

「……残念だけどアンタには拒否権はないんだよ。すでに日本政府からもアンタを騎士に育てろって命令されてるんだよ」

「なんで……なんで日本政府が出てくるんですか。俺はどこにでもいるただの少年ですよ!?」

「それは……アンタがただの少年じゃなくて、日本が生き残る……いや、もしかしたら人類すべてを救う可能性だからだよ」


 鐘子は椅子から立ち上がり、頭を下げる。


「人類のために……普通の生活を諦めておくれ」


 翼は唇を強く噛み、俯く。


「ふざけるな……クソが」


<><><><>


 鐘子と話を終えた後、翼は知らない部屋に案内された。


「今日からここがアンタの部屋だよ」

「……」


 部屋はとても広く、綺麗だった。

 しかも翼が見覚えのあるゲーム機や漫画など置かれている。


「あの……これって……」

「アンタの私物だよ。全部、アンタの部屋から持ってきたんだ」

「なるほど……逃がすつもりはないんですね」

「まぁ……そういうことだね」


 ハァとため息を吐く翼。

 本当に普通の日常とはお別れだと思うと、彼は悲しくなってきた。


「あの……これからどうなるんですか?一応、母親には鍛えられたので戦えはしますが、騎士の知識なんてあんまり」

「ん?ああ、そういえばアンタはアイツの息子だったね」

「アイツ?母を知っているんですか?」

「知っているも何もアイツは……いや、この話は別の時にしよう」


 そう言い残して鐘子は部屋から出て行こうとした。


「じゃあ、また明日。今日はゆっくり休みな」


 鐘子は部屋から出た。

 残された翼はベットに倒れ、天井を見つめる。


「俺が騎士……か」


 騎士。ジャイアントを倒し、人々の平和を守る職業。

 一生、縁のない者だと思っていた。

 だがその騎士に翼はなることになった。


「受け入れるしかない……か」


 騎士にはなりたくないという気持ちはある。

 だがそれを拒否できないことぐらい分かっていた。

 きっと逃げることもできない。

 仮に逃げられたとしても、家族に迷惑が掛かるかもしれない。

 だから翼は……諦めることにした。


「もう……寝よ」


 翼は目を閉じ、眠りについた。

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