目玉を宿す藁人形

区隅 憲(クズミケン)

目玉を宿す藁人形

 ねぇ、藁人形って知ってる? って、そりゃ知ってるか。

まぁ改めて説明すると、藁で編んだ呪いの人形のこと。人形の中に呪いたい相手の爪とか髪の毛とか入れると、本当に呪いが成就するってヤツ。


 ……まぁ、そんな話99%は嘘なんだけどね。

あたしもオカルトとか都市伝説とかよくネットで調べるから、そういう類の話はよく見かける。


 えっ? なんでそんなもの調べてるのかって?

……それは、あたし自身が1%側の人間になっちゃったから。

つまり本当に呪いなんてものがあるんじゃないかって、信じたくなるような出来事があったの。



 あたしが中学の頃、クラスメイトにSって子がいた。Sはあたしの隣の席にいたんだけど、特に友達とかもいなさそうだった。あたしがたまに話しかけても、「うん……」とか「そう……」とか、素っ気ない返事ばっかり返してきた。


 それで、その子はいつも、自分のカバンに藁人形をぶら下げていたの。あたしが疑問に思って尋ねてみたら、「〇〇さんは呪いって信じる?」って質問を質問で返された。それであたしは首を横に振ったんだけど、そしたらSは


「藁人形には、人の目玉が必要なの」


 って言って、それっきり口を閉ざしてしまった。



 それからある日、SはA子っていうクラスの中心的なヤツに絡まれたの。「あんた何で藁人形なんてカバンにつけてるの?」って。A子は机の横に掛けてあったSのカバンを掴んで、Sの目の前に突きつけたの。でも、Sは黙ったまま特に何も反応を返さなかった。


 それがA子の癪に触ったのか、それからSはいじめを受けるようになったの。A子のグループがSの藁人形をひきちぎったり、Sを無理矢理トイレに連れていったりして。それでもSは抵抗らしい抵抗をしなかった。いつも無反応で、ただA子のいじめを黙って受け続けた。藁人形がひきちぎられる度に、新しい藁人形を学校に持ってくるってことを繰りかえしていた。



 それから、SがA子のグループからいじめを受けるようになってから、3週間くらい経った頃かな? その日は理科の授業だったの。イカの解剖をすることになってて、クラスの連中が「うげぇっ!」とか言って気持ち悪がっててさ。そんな中で、相変わらずあたしの隣の席のSは、藁人形を肌身離さず持っていた。けど、いざイカの解剖が始まると、奇妙な出来事が起こったの。


 用意されたイカの目玉がね、既にくり抜かれていた。それで、誰かのいたずらなんじゃないかって話になって、A子は真っ先にSを疑ったの。


「あんたが目玉くり抜いたんでしょ?」


 って。

「きゃはは」って笑いながらA子たちのグループはSに近づいた。それで、Sが持っていた藁人形を取り上げて、そのままA子は床に投げ捨てたの。


 そしたら人形の顔の部分がベロっとめくれてね、中から出てきたの。イカの目玉が。ギョロっとした小さな丸っこい目玉が、コロコロと床に転がって。流石のA子もそれを見た途端、薄気味悪がってさ。


「何こいつ? 本当に目玉くり抜いたの?」


 って、ドン引きしてた。A子のグループの連中も同じ反応してて、けっきょくその日はSをいじめることもなかった。



 でも、明日になると、相変わらずSはA子たちからいじめを受け続けた。トイレに連れていかれて戻ってくると、いつもびっしょり制服が濡れていたし、昼休み校舎に連れていかれると、制服が泥だらけになって帰ってきた。藁人形を持っている。理由はただ、それだけだった。Sが藁人形を持ち歩くおかしな女の子だから、標的にされ続けたんだろうって思う。



 それから1週間が経ったある日、Sは眼帯を右目につけて学校に登校してきたの。びっくりしてクラスメイトたちがじろじろ見てると、Sは何故か薄気味悪い笑みを浮かべていた。


「どうしたの? それ?」


 隣の席のあたしが尋ねたんだけど、Sは何も答えなかった。そのまま朝礼のチャイムが鳴って先生が入ってくると、出席を取った。


 A子はその日、休みだった。何でも、昨日から家に帰っていないんだって話だった。


「A子は家出するようなヤツじゃないのに」


 って、A子とつるんでたグループの連中がひそひそ話をするのが聞こえた。先生もどこか不可解そうな顔を作ってて、クラスメイトたちも同じ表情をしていた。


 けど、Sだけは薄気味悪く笑ってた。あたしはSが何か知ってるんじゃないかと思って、遠慮がちに尋ねてみたんだけど、その時、Sは言ったの。


「やっと目玉が手に入った」


 あたしのほうを見向きもせず、ただ独り言のようにSは呟いた。あたしはもう一度、


「それ、どういうこと?」


 って尋ねてみたんだけど、けっきょくSはそれっきり無言だった。



 それから1週間が経っても、A子は学校に来なかった。いじめっ子のグループも流石に心配そうな顔をして、ひそひそ話を何度も繰りかえしていた。A子が学校に来なくなって以来、Sはいじめを受けなくなった。相変わらずSは右目に眼帯をつけてたけど、自分の席でただじっとしていたの。


 朝礼のチャイムが鳴って、先生が出席を取る時間になった。その時もSは薄気味悪く笑っていた。Sは明らかにおかしい。私は、その時気になって、もう一度Sに尋ねかけたの。


「目のケガ、大丈夫なの?」


 けど、Sは何も言わなかった。しばらくして先生が、A子の名前を読み上げた。けど、返事はない。そして、A子は今日も休みで家に帰ってきてすらいないのだとクラスメイトたちに報告した。


 けど、その時だった。先生が急にパタン、と出席簿を床に落として、


「痒い……痒い……」


 って言い出したの。それから指を両目に向かって伸ばしていって、目尻の辺りをポリポリって掻き始めた。


「痒い。痒い。痒い。痒い」


 そう何度も呟いて、いきなり先生は人差し指を自分の目玉に突っ込んだの。辺りには血飛沫が飛び散って、クラスからは悲鳴が上がった。


「痒い! 痒い! 痒い! 痒い!」


 先生は何度も叫んで、やがて自分の目玉を引き抜いた。それから目玉がポトリ、と血塗れの出席簿の上に落ちたの。それでも先生はぽっかり空いた目の奥に指を突っ込んで、今度は中の肉を搔きむしり始めた。血がどれだけ溢れようとお構いなしに、先生は無我夢中になって目を掻きむしり続けた。



 それから、しばらく経って、先生は「うう……」ってうめき声を上げながら、その場で倒れて動かなくなったの。後でわかったことなんだけど、死んでいた。あたしもクラスメイトたちも、先生が突然不可解な行動をしたことで、ただ茫然としてしまっていた。


 けど、Sだけは違った。ガタリ、と隣の席から音がしたかと思うと、Sは倒れている先生の傍まで歩み寄って、しゃがみ込んだの。血塗れになった床の上から、先生の目玉を一つ拾い上げて、歌うように、こう言った。


「二つ目の目玉、みーつけた」


 Sはクラスメイトたちに振り返ると、薄気味悪い笑みを浮かべた。そして右目の眼帯を外すと、先生の目玉を天井に翳したの。先生の血塗れの目玉を見つめるSの瞳は、ちゃんと二つ揃っていた。



 それから、あたしのクラスではおかしなことが起こった。クラスメイトたちがみんな、


「痒い。痒い」


 って言いながら、目玉を掻きむしって死ぬって事件が何度も起こったの。原因がわからないから、お医者さんや警察がウチの学校に何度か来たんだけど、特に不審な点はないって言われた。その時は、何か新種の伝染病が学校で蔓延してるんじゃないかって見立てになって、それで、あたしたちのクラスは学級閉鎖になった。


 でも、他のクラスじゃ特に目が痒くなって誰かが死ぬ現象なんて起こらなかった。あたしたちのクラスだけが、「痒い。痒い」って言いながら、誰かが死んでいくの。それで、奇妙なことに、A子とつるんでたいじめっ子のグループの子たちは全員死んだ。



 それから、その『伝染病』は1ヶ月ほどしてなくなった。学校から学級閉鎖の終わりを連絡されて、あたしがクラスに戻ると、隣の席にSが座っていた。もうカバンに藁人形をつけてなかったし、Sの目玉は両方揃っていた。


 それからね、あたしが席に着くと、いきなりSが話しかけてきたの。


「〇〇さん、わたしと友達にならない?」


 って。

急に手を差し出してきたものだから、あたしは怖かったけど、けっきょく手を握り返した。



 その後の学校生活では、特におかしなことは何も起こらなかった。普通に勉強して、普通に進路を決めて、それからSともお喋りするようになって……。Sは普通の女の子だった。好きなタレントのこととか、最近見たアニメのこととか、特に他の子たちと変わらない会話をあたしと交わした。


 けど、あたしは心の底からSと打ち解けられなかった。Sが本当にあの目玉が痒くなる伝染病を広めたのだと思うと、怖くて、Sを親友だなんて思うことができなかった。それでもSは、よく他愛ないお喋りをあたしに持ち掛けてきた。



 やがて、卒業の季節が訪れて、あたしとSは別々の進路に行くことになった。卒業式が終わった後、Sと教室で会ったんだけど、その時Sはこう言ったの。


「もし誰か殺したいほど憎い相手がいたら、私に相談して。力になるから」


 それだけ言って、あたしと別れた。それ以来Sとは連絡をしていない。あたしはけっきょく今でも、Sがどうして最後にあんな言葉を残したのか、はっきりと理由がわからない。

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