第16話 散歩3
河村は星の呟きに対して、確認を取る。
「
「この道……昔……小太郎がウチに来てすぐの頃に、おじいちゃんと一緒によく散歩してた道です。この先にユウゾウおじちゃんの家があって……私がまだ小学校に入ったばかりの頃の話です」
星はそう言って道の先を指差して「なんで忘れてたんだろ……」と呟いた。
「7、8年前ってことか……まあ、そんだけ前だと忘れちゃうよな」と藤本が呑気そうに言う。
「星さんのおじいちゃんと、そのユウゾウおじちゃんは昔何かあったの?」
星は首を横に振る。
「分かりません……一度だけ聞いた事がありましたけど……おじいちゃんは、ただ笑って……なにも答えてくれませんでした……」
「星さん、そのユウゾウおじちゃん、今はどうしてるの?」
星は考え込むように眉をひそめた。
「……よく分かりません。それ以来お会いしたことがないので」
「もしかしたら、星さんのおじいちゃんの事を何か知ってるかもしれない。家は覚えてる?」
「はい。この道のすぐ先ですから。でも……」
河村の提案に、星は複雑な表情を見せた。
「分かってないなぁ河村は。星は、お嬢様だぞ。見知りなんだよ。10年近く前の疎遠になった知人を突然訪ねるとか、パリピも真っ青の芸当は無理なんだよ。安心しろって、オレが孫と見紛う程の馴れ馴れしさでスルッと懐に入ってやるから」
「そんなんじゃないです」
河村の冗談めいた提案を星はバッサリと切り捨てた。
「おじいちゃんとよく訪ねてた頃は、凄く可愛がってもらってた……と思います。でもおじいちゃんと何かあったのなら、その……色々怖くて。私の事だって覚えてないでしょうし」
「……でも行こう」と河村は力強く星の背中を押す。
「だって、星さんのおじいちゃんへの手掛かりがあるかもしれない」
星氏がわざわざ意図的にコチラへ来ることを避けていたのは、間違いなく、その『ユウゾウおじちゃん』の存在があったからだろう。にも関わらず、死の間際……
河村の力強い提案に「そうですね」と星は小さく頷いた。
3人は小太郎を先頭に細い路地を進む。
「本当にこの道で合ってんの? だいぶ細いんだけど……」
藤本の言葉に、小太郎が小さく鳴いた。
「大丈夫です。小太郎も覚えてるみたい」
星は不安げな表情を隠し、気丈に答えた。
細い路地は次第に民家が密集するエリアへと入っていく。
古びた木造家屋が立ち並び、昭和の面影を残す懐かしい風景が広がっていた。
やがて、星は足を止めた。
「ここです。ユウゾウおじちゃんの家……」
星が指差した先には、蔦の絡まる古い木造家屋があった。
褪せた緑色の看板には、掠れた文字で「田原古書店」と書かれている。
戸板は長年日に焼けて色褪せ、所々に剥がれかけている。
窓ガラスは埃で薄汚れ、中の様子を窺い知ることはできない。
しかし、その佇まいからは、長い年月を経てきた歴史と、そこに積み重ねられた数々の物語が感じられた。
「ん……しかし、どうする? いきなり訪ねても、星のこと覚えてんのかどうか怪しいぞ。やっぱさ。先に手紙でも書いてみちゃどう?」
と藤本。星を見るとかなり緊張した面持ちで古書店を見つめている。
「やっぱり日を改めようか?」
星の様子を見て、河村が優しく問いかけた。
星はしばらく考え込んだ後、静かに首を横に振った。
「やっぱり、直接会って話したいです」
「そう。じゃあまずは僕が様子を見て来ようか」
河村がそう言うと藤本は「こういう時はオレだろ!」と当然自分の出番だと思っていたようでビックリしていた。
「藤本は……諸刃の剣というか……まあ、後々まったく話が聞けなくなっちゃ困るからさ」
「どういう意味だよ!」
河村と藤本のやり取りを見て少し笑った。その星の様子を見て満足したのか、河村はにこやかに笑い「とりあえず行ってくるよ」と古書店の入り口へと歩いていく。
星はその後ろ姿を不安そうに見つめていた。
河村が入り口の引き戸を開けると、店内に古い本の匂いが広がった。
「こんにちは。あの……僕、河村と申します。星さんの知り合いで……ユウゾウさんに少しお話があって参りました」
河村は丁寧に自己紹介し、用件を伝えた。
店内は薄暗く、奥のカウンターには白髪頭の老人が座って本を読んでいた。
老人は顔を上げ、老眼鏡の隙間から鋭い目付きで河村をじっと見つめた。
「星……か。 悪いね。話すようなことはない」
老人は静かに言った。
「あ。いや。待って下さい。星さんは昔、小太郎という犬を連れて、よくこの古書店に遊びに来ていたそうです。もしかしたら、覚えていらっしゃらないかもしれませんが……」
河村は粘り強く説明を続けた。
すると、老人の表情がわずかに変化した。
「小太郎……? ああ、もしかして……」
何かに気付いた老人は立ち上がり、河村に近づいてきた。
「ユウゾウおじちゃん……?」
河村の後ろで星が思わず声を上げた。
老人は星の顔をじっと見つめ、懐かしむような表情を浮かべた。
「ああ、葵ちゃん……大きくなったねぇ」
老人は優しい笑顔で星に語りかけた。
「覚えていてくれたんですね……」
星は涙ぐみながら言った。
「もちろん、覚えてるよ。フフ……小太郎も一緒か」
老人は小太郎にも優しく声をかけた。
「今日は、おじいちゃんのことで少しお話を聞かせていただきたくて参りました」
星が改めて用件を伝えると、老人は少し表情を曇らせた。
「哲也のことか……」
老人はしばらく考え込んだ後、静かに頷いた。
「分かった。とりあえず、中に入りなさい」
老人は河村たちを古書店の奥へと招き入れた。
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