第2話 剣豪

キールは昔、両親を無くした。「亡くす」ではなく「無くす」である。少なくとも街の人からはそう言われていた。


しかし。だが。それでも。


どんなに忘れたくても覚えている。忘れられない。まだ一歳の時に感じた恐怖と絶望と無力感は今もキールの心を焼き続けている。特に。あの日自分を庇って死んだ母の血の匂いは鮮明に覚えている。いつだってそれを理由に笑った後に後悔している。キール自身だってわかっている。あの日はまだ一歳で何もできないはずだし仕方がない。悪かったのは吸血鬼だと理解している。それでも納得はできていない。吸血鬼が全て敵だとも思っていない。ただ自分が醜く感じられてしまう。この自分を進ませない黒い渦は行手を阻み永遠に呪い続ける。


だからこそ。


今目の前で血の魔法を使い始めたこの男に恐怖していた。自分と同じ早さで攻撃を仕掛けてくるこの相手は自分よりも怖いものに思えた。だから段々と後ろに押されている。


〜〜


『覇気』を使っていたら怯み出したからあんまり強くないのかなって思って魔法解いてみてもずっと剣先が震えてるんだけど。これは『覇気』にビビったんじゃなくてトラウマがあるのか?いやだって血の魔法見た瞬間怯み出したんだし。うーん。


「なあ、万全じゃないなら別の日にするけどいいの?」


俺の言葉にビクっと反応する。


「いや、大丈夫だ…。大丈夫なはずだ。俺はトラウマを理解して今まえを向いている。あとは乗り越えるだけなんだ。大丈夫だ。」


「…なあ、お前さあ。悩みがある時でも一直線に進んでいっちゃう系の人?悩みってのは必ず一度立ち止まんなきゃ例外なく解決しないぞ?」


「…いや立ち止まってたら置いてかれてしまうんじゃないか?」


「なにに?」


「え…それは…」


「お前さ、さっきから何に怖がってんだよ。」


「!」


「ちょっと待っててやるから考えてよ。このままやっても面白くないし。」


「…」


あ。言いすぎたか?いやでもなぁ。うん、まあいっか!(適当)


〜〜


立ち止まる。ああ、今までなかった選択肢だったな。逃げているような気がして。でも少しは逃げてもいいのだろうか。逃げてもいいのだろうか。


いや


やってみよう。どうせ今のままでも進めない。

よし。考えてみよう。まず俺は何を怖がっているのか。吸血鬼に怯えているのか?いや、俺は今まで無謀な戦いもしてきたが怯えることなんてなかった。じゃあ何が怖いんだ?血か?だが他人の血も自分の血も怖くない。ただ血を操っている様を見ると思い出す。思い出す?何を?ああ、自分が何もできなかったあの夜をだ。怖いのはまた自分が何もできないかもしれないことへのものだ。ああ、だから俺は剣の腕を磨いたのか。だから俺は後ろを見ずに前だけを見て進んでいるように思い込ませようとしたのか。立ち止まるって言うのは向き合う事だと言うことを忘れていた。前に進んでいるようにして逃げていたんだ。そう言うことか。ああ、ああ。そうだ。なんか悩んでた自分がバカらしくなってきたな。っていうか相手待たせてんの申し訳ないな。


「フゥー。」


俺は立ち上がる。相手は多分俺より手数が多い。さっきの攻防も全力じゃない。でも確かに俺は爽快な気分で言い放つ。


「待たせたな。」


この都市最強の剣士が今この瞬間迷いを捨てて牙を剥く。


〜〜


「待たせたな。」


キールは言い放ってきた。目が澄んでいる。


「…少し、剣士らしい目になったな。」


どれくらいの強さなのか見ものだな。

そう思いながら血を構える。合図はいらない。これは我慢比べだ。隙を見せ合う。まだまだまだ。よく見る。ああ、そこだな。


ドンッ


「「!」」


俺とキールは同じタイミングで踏み込んだ。


((同時かよ!))


そう思いながら腕を血で覆って強化する。直後、


ガキィン!


刃と血が交わる。

『回す』か。

グリンと体を捻って剣筋をずらす。体勢を崩した所に畳み掛ける。


「オーーラァ!」


強めにぶん殴る。


「ぬぁぁぁぁあ!馬鹿力過ぎんだろ!」


「パワーは正義っていうじゃん?」


「なんで魔法職がこんな極論に至ってんだよあおおおおぉぉぉぉ!」


パワーは正義だからね!(極論)

でもコイツマジで面白い動きするな。体の動きに自由がある。コイツの魔法の属性なんなんだ?戦う上では水とかが1番やだね。


「…ちょっと本気出すか。」


負けたらやだしね。


〜〜


キールは今までにないほど集中し、間違いなく百パーセントを出せていた。だがそれでも追いついてくる相手に真正面から切り掛かるのは間違いだったと察した。それでも後悔はしていない。なぜなら、彼のジョブは『剣聖』でもなければ『剣士』でもない。ただ真正面から自らの強さをぶつける『剣豪』なのだから。だからこそ、再び切り掛かる。そこで、


「…ちょっと本気出すか。」


相手の速度と威力が上がる。

キールは震えていた。しかしこの震えは恐怖故ではない。武者震いである。

キールも全力の本気を出し始める。


〜〜


(マジか。この速度でもついて来れんのか。)

多分さっきのが全力だったんだろうけどオレを相手にして成長してんのか。コイツマジで天才だな。魔法とバフ解禁するか。


「ちょっとペース上げてくぜー。『加速』」


さあ、戦いを楽しんで行こうじゃないか。


〜〜


ああ、コイツは底なしの強さなのだと察した。勝てる気がしない。勝機の影すら全く見えない。だがそれでも負ける気はない。俺は常に勝ちに行ってる。今日もこいつに勝ちにきた。

なぜなら俺は『剣豪』なのだから。

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