第21話 UDIラボの危機

その日の夕方、UDIラボの内部は異様な緊張感に包まれていた。データを守るための対策が進められ、各メンバーが慌ただしく動いている中、ミコトは深く考え込んでいた。目の前に広がるのは、UDIラボのシステムを守るために開かれた大量のコードとモニター。だが、頭の片隅で彼女は、これがただのサイバー攻撃にとどまらないことを理解していた。


「久部、サーバーの復旧状況はどう?」ミコトが振り返りながら尋ねた。


「徐々に回復していますが、攻撃の痕跡が残っているので、完全に安全だとは言い切れません。」久部は疲れた表情で答えた。「それに、他にもいくつかの脆弱性を見つけました。誰かが内部からの情報漏えいを試みた形跡もあります。」


「内部から?」東海林が驚いて声を上げた。「誰かUDIラボの中に裏切り者がいるってこと?」


「そうとは限らないが、何かがおかしいのは確かだ。」中堂は慎重に言葉を選びながら言った。「外部からの攻撃と同時に、内部でも何かが動いている可能性がある。」


その時、ラボの外から激しい音が響いた。誰かがラボの外壁に衝突したかのような衝撃音に、全員が一瞬凍りついた。


「何だ?」中堂が立ち上がり、即座に外の様子を確認しに向かった。


ミコトと他のメンバーも後に続く。外に出ると、ラボのエントランス近くで、一台の黒い車が猛スピードで走り去っていくのが見えた。地面には、何かが放り投げられたような黒いバッグが転がっている。


「何か仕掛けられているかもしれない……」東海林がバッグを見つめながら警戒の声を上げた。


「待て、近づくな。」中堂が手を挙げて制止し、慎重に周囲を確認する。「危険物の可能性がある。」


久部がすぐにデバイスを取り出し、バッグを遠隔でスキャンし始めた。「爆発物の可能性は……低いです。金属製のものは検出されていません。ただ、電子機器が中に入っているようです。」


「何だこれは?」ミコトはバッグの中身が何であるかを考えながら、息を飲んだ。「誰かが私たちにメッセージを送ってきたのかもしれない。」


中堂が慎重にバッグに近づき、それを開けると、中には1枚のメモと小型のハードドライブが入っていた。


「これは……」中堂がメモを読み上げた。「『これが最後の警告だ。これ以上探るな。』」


全員がその言葉に一瞬凍りついた。


「警告か。」ミコトは静かに言った。「でも、私たちは引き下がらない。どれだけ脅されても、この真実を明らかにするまで諦めない。」


「ミコトさん、ハードドライブを解析してみますか?」久部が尋ねた。


「もちろん。そこに何が入っているか、徹底的に調べて。」ミコトは冷静に答えた。「この警告が何を意味するのか、全てを解明する必要があるわ。」


「了解です。」久部はすぐにラボ内に戻り、解析作業を開始した。


ミコトと中堂は、ラボの外に立ち続け、闇に消えていった車の後をじっと見つめていた。外部からの圧力がこれまで以上に強まり、彼らを潰そうとする力が一層明確になってきた。


「敵は何者なんだろう?」中堂が小さな声で呟いた。


「それはまだわからないけど、ひとつ確かなことがある。」ミコトは強い意志を込めた目で答えた。「彼らは私たちが真実に近づきすぎたことを恐れている。だからこそ、これほどまでに圧力をかけてきているんだ。」


「その通りだ。」中堂は頷いた。「だけど、今は一歩間違えば命取りになりかねない状況だ。慎重に動こう。」


ミコトは静かにうなずき、UDIラボに戻った。圧力に負けず、真実を守り抜くための戦いが、今、さらに厳しさを増していく。そして、彼らの目の前には、まだ見ぬ敵との新たな対峙が待ち構えていた。


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UDIラボに不穏な空気が漂っていた。厚生省との会談から数日が経ち、世間の注目はシェディング現象にますます集中していたが、ラボの内部は別の問題に直面していた。メディアの報道は冷静に見えるものの、背後では圧力が増しており、UDIラボの存在そのものが危うくなっていた。特に、シェディング現象が真実であることを認めることは、ワクチン政策全体に影響を与えるため、彼らは強大な勢力を敵に回すことになっていた。


ミコトは静かな会議室でデータの解析をしていたが、心の中に不安が広がっていた。厚生省との協力が進んでいるように見える一方で、外部からの圧力が目に見えない形で増しているのを感じていた。


突然、ドアが勢いよく開かれ、中堂が険しい表情で入ってきた。「ミコト、状況が悪化している。UDIラボの関係者が、ここ数日でメディアからのインタビューを次々に断られるようになった。メディアが手を引き始めている。」


「どういうこと?」ミコトは眉をひそめた。「先週まで、各メディアが積極的に取材を求めてきていたじゃない。なぜ急に?」


「おそらく、裏で圧力がかかっているんだろう。政府か、あるいは製薬会社か……誰が動いているかはまだわからないが、何かが起きているのは確かだ。」中堂は深い溜息をついた。「ジャーナリストたちが急に態度を変えるなんて、よほどのことがなければあり得ない。」


「彼らは私たちの調査が公に広まりすぎるのを恐れているのね。」東海林が不安そうに言った。「それに、政府の協力が本当に誠実かどうかも怪しくなってきたわ。」


「そうね、確かに。」ミコトは目を伏せながら答えた。「政府は私たちに協力すると言っていたけど、もしかしたら裏では私たちを抑え込もうとしているのかもしれない。シェディング現象が事実だと認めれば、ワクチン政策全体が揺らぐ。彼らはそのリスクを避けたいのよ。」


その時、ラボの扉が再び開かれ、久部が焦った様子で駆け込んできた。「ミコトさん、大変です!UDIラボのウェブサイトが突然ダウンしました!」


「ウェブサイトが?」ミコトは驚きながらモニターに目をやった。「どうして?」


「誰かが不正アクセスを試みた形跡があります。サーバーは今、復旧作業中ですが、データを消そうとしているようです。」久部は不安そうに画面を見つめた。


「やっぱり……彼らは私たちを完全に潰しにかかっているんだ。」中堂は険しい顔で低く唸った。「彼らは協力するどころか、我々の調査を封じ込めようとしている。」


「これはただのデータの消去では済まないかもしれない。」ミコトは冷静に指示を出し始めた。「東海林、全てのデータを再度バックアップして。私たちの調査結果を安全な場所に保管するのよ。彼らがどんな手段を使っても、真実を隠させるわけにはいかない。」


「了解!」東海林はすぐに動き出し、データ保護のための作業を開始した。


その時、部屋の奥から静かに歩いてきたのは、UDIラボの所長である神倉だった。普段は冷静沈着でどんな時も落ち着きを保っている神倉も、今回はただ事ではないと感じている様子だった。


「皆、状況は理解している。これは単なる外部からの圧力ではなく、我々を完全に抑え込むための戦略だ。」神倉は落ち着いた声で語りかけたが、その声には確固たる決意が感じられた。「政府や製薬会社、どちらが背後にいるかはまだ分からないが、我々がシェディング現象に関する真実に近づきすぎたことを恐れているのは明らかだ。」


「そうですね。」ミコトが頷いた。「でも、所長、このままでは私たちの調査が完全に消されてしまいます。圧力は日に日に増しているんです。」


「我々は簡単に屈するわけにはいかない。」神倉は静かに答えた。「UDIラボはただの研究機関ではない。真実を明らかにすることが我々の使命だ。たとえどれほど大きな力が我々に向かってきたとしても、それを放棄することはできない。」


「それでも、彼らはすでに私たちを追い詰めてきています。」中堂が声を上げた。「メディアの取り上げも減り、ウェブサイトが攻撃され、次は何が起こるか分からない。」


「圧力が増す中で、どうやって前に進めばいいんでしょうか?」東海林が不安そうに尋ねた。


「我々にはまだ時間がある。そして、その時間を有効に使わなければならない。」神倉は続けた。「まずは、すべてのデータを安全に保管し、外部へのアクセスを最小限に制限する。そして、私が前に立ち、UDIラボの存在をより公にしていく。外部からの注目を集めることで、彼らが手を出しにくくするのだ。」


「所長が前に出るんですか?」ミコトは驚いた表情で尋ねた。「それは大きなリスクです。所長が表に出れば、UDIラボ全体が標的にされるかもしれません。」


「標的にされるのは、今も同じだ。」神倉は冷静に答えた。「だが、UDIラボが公的な存在として注目を集めれば、彼らも無闇に動くことはできなくなる。我々が信頼を失わない限り、彼らは直接的な行動を取るのは難しいだろう。」


「それは確かに有効かもしれません。」中堂が頷いた。「彼らがUDIラボの存在そのものを抑え込もうとしているのなら、逆に我々の存在をより広く知らしめることで、手を出しにくくする作戦ですね。」


「そうだ。」神倉は続けた。「だが、それには我々の調査が確実に正確で信頼できるものであることを示さなければならない。彼らは必ず、我々の信用を失墜させようとしてくるだろう。不正なデータや誤報があったとすれば、それが彼らの攻撃材料になる。」


「分散型の情報拡散を提案します。」ミコトが提案した。「私たちの調査結果を一箇所に集中させず、複数のジャーナリストや信頼できるメディアに少しずつ提供していくんです。一箇所が抑え込まれても、他の場所で真実が広まれば、完全に封じ込めることはできません。」


「それがいい。」神倉は頷き、真剣な目でメンバーたちを見渡した。「それぞれが持てる力を全て使い、この状況に立ち向かうのだ。彼らの圧力に負けるわけにはいかない。」


「所長、ひとつだけ確認させてください。」ミコトが一歩前に進み、神倉に問いかけた。「もし、私たちがこの戦いに敗れて、UDIラボが完全に封じ込められた場合、どうすればいいのでしょうか?」


神倉は一瞬沈黙し、深く考え込んだ後、静かに答えた。「その時は、我々全員が退く覚悟も必要だ。だが、我々は最後まで戦い抜く。そして、データを残し、真実を守り続ける。真実が消えることはない。我々が正しい道を歩んでいる限り、真実はいつか必ず明らかになる。」


その言葉に、ミコトは深く頷いた。「わかりました。私たちは諦めません。最後まで戦います。」


神倉の冷静なリーダーシップと、UDIラボ全体の強い使命感が、彼らに新たな力を与えた。外部からの見えない圧力が強まる中、UDIラボは真実を守り抜くために再び立ち上がり、見えない敵に立ち向かう決意を固めた。

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